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短編集53(過去作品)

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奇数



                 奇数


 三浦が水泳教室に通い始めたのは、営業の仕事が体力勝負だと思い知らされてからだった。実際に泳ぎは苦手ではないのだが、何しろスポーツというと中学時代にやっていたバスケットだけで、それ以降は何もしていなかったので、思ったよりも身体がなまっていた。それを思い知らされたのが仕事でだということで、二重のショックだった。
 身体は覚えている。ただ、いつまでも動けると思っていたのに、実際に歩いてみると、翌日には筋肉痛で身体が動かない。
 中学時代の部活を思い出した。
 初日は身体が動く。
――何だ、大したことないじゃないか――
 と思って翌朝起きると身体が動かない。激しい筋肉痛に襲われるのだ。さらに、毎日続けていると、身体が慣れてくるのだが、慣れてきはじめてすぐの頃に、今度は足が攣ったりしてしまう。
 あまりにも身体が痛いと精神的にも辛くなり、
――このまま続けてはいけない――
 と情緒不安定になりがちだ。しかも身体が痛くても先輩は許してくれない。
「もっと身体を苛めれば、痛みなんてなくなるさ。さあ、頑張れ」
 励ましてくれているのだと分かっていても、やっていることはサディスティックにしか見えない。余計に不安にさせられたものだ。
 それでも何とか中学までは頑張れた。しかし高校になると、気がついたのだ。
――実力があまりにも違いすぎる――
 中学時代は背が高い方だった。小学校から中学校に入った頃はクラスで一番背が高く、
「三浦くんは、バスケットをするための身体なんだな。羨ましいよ」
 と、自分よりも背が低い先輩から羨ましがられた。
 だが、背が高いだけで、それほど体力があるわけではなかったし、本当にバスケットに向いているからだかどうかも分からなかったため、
――まずは何とか身体を慣らして、皆についていくだけだ――
 という気持ちで無我夢中で頑張ってきた。
 まわりの期待は分かっていた。申し分のない身体をしているというだけで、ヒシヒシと感じる期待。それを裏切ることは三浦にはできなかった。それだけ従順で、素直だったのだ。
 だが、三年生になると、我に返った。
 さすがに無我夢中でやってきただけに、それなりに身体も慣れてきて、しっかりとしたプレーができるようになった。
 身体の利点を生かして、練習試合では得点を稼いだ。だが、あくまでも地元レベルだっただけのことに気付いていなかった。
 本大会にはなかなか三年生でなければ出ることができない。実際にプレーをしている先輩を見ていて、なかなか勝てないチームに業を煮やしていた。
――この俺を出さないからだ――
 とまで自惚れていた。
 あれだけ先輩風を吹かせていたのに、このざまは信じられなかった。
「俺を試合に出してください」
 と直訴しようと何度思ったことだろう。だが、それをしなかったのは、自分に自信があって、自分から頭を下げるのが嫌だったからだ。完全にお山の大将である。
 それでも三年生になってすぐに春の券大会があり、今度は自分たちが中心のチームだった。
 キャプテンは、別の人が選ばれた。本当は、自分が選ばれるだろうという期待を半分以上持っていたので、ショックも大きかった。最後まで先輩の目を恨めしく思ったほどで、
――それならば、実力で目立つしかない――
 と思ったものだ。
 如何せん、バスケットはチームプレーのスポーツ。いくら一人で虚勢を張っても、大会になれば、なかなかこちらの思惑通りに行くわけもない。
 マークは三浦に集中する。試合前の作戦でも、なるべく三浦にボールを集める作戦を立てた。
――当然さ――
 ここまでは計算どおり、障害が多いほど目立てるというものだった。だが、試合に入ると計算がことごとく狂ってしまった。
 自分に集まるボールを相手は無視していた。ただ、自分がシュートした後のこぼれ球に狙いを定め、得点できる数少ない瞬間に集中していた。
 最初は三浦のチームが軽快に得点を重ね、点差が開いていくが、途中から三浦のシュートに精度がなくなってくる。
――どうしたことだ――
 三浦自身も戸惑っている。次第に枠に蹴られ始め、枠までが遠くに見えて、さらには、沸くが小さく見え始める。自分の身体が小さくなっていく感覚だった。
――今までにも感じたことがあるな――
 そう、バスケットを始めてすぐの頃の身体がついてこなかった頃を思い出していた。
 ここまで来ると、自分への自信は崩壊してきた。考えたこともない自己嫌悪に陥り、試合中であるにも関わらず錯乱し、パニックに陥ってしまった。
 こうなればシュートどころではない。まわりの声も聞こえなくなり、次第に動けなくなってくる。
「タイム」
 監督が掛けた何度目かのタイムの後で、選手後退が告げられる。もう、精根尽き果てていた。
「大丈夫か、少し休め」
 と言ってくれただけで、監督は自分の仕事に集中している。すでに監督の中で三浦は消えていた。
――これだけ頑張ったのに、もう頭の中から消えているんだ――
 冷静に考えれば当たり前のことである。交代し、精根尽き当てた選手に構っている暇が監督のどこにあるというのか。
 だが、一番寂しくて自己嫌悪の時である。なまじ優しい言葉を掛けられるとさらに自己嫌悪に陥ってしまうだろうという計算が監督にはあったはずだ。
――そっとしておいてやることだ――
 そう考えているのも親心、冷静でない三浦にその時の親心が分かるはずもなかった。試合のあった翌日に、三浦は監督に退部届けを出したのだった。
 それからスポーツをする気になれず、何をするのも億劫になっていた。悪い友達と遊ばなかっただけでもよかったのだろう。成績は人並みだった。
 大学に行くことを勧められ、あまり興味はなかったが、大学に進学した。元々緊張したりする方ではないので、受験で精神的に追い詰められることがなかったのも幸いした。
 それでも勉強に向いているとは思えなかった。好きな教科があった。歴史は好きな教科で、学校の勉強では教えてくれないところに興味を持つ。本屋では、いつも歴史の本を見たり、歴史上の人物について書かれた本を眺めたりしているのが好きだった。実際に買ってきて何冊も読み、部屋の本棚には気がつけば歴史の本で一杯だった。
 中でも繰り返される歴史に興味を持つ。
 日本史が好きだったが、天下人の歴史を見ていると実に興味深い。
 歴史のその時々で分岐点がいくつもある。ライバルが登場する時代には往々にしてあることで、たとえば平家と源氏、同じ源氏でも頼朝と義経の兄弟争い。
 平清盛が頼朝を慈悲で助けたことによって、平家が滅亡する事実が歴史で証明されると、それ以降の天下人は皆、
「悪しき歴史を繰り返すまい」
 と考え、敗者の家系を根絶やしにしようと考える。
 特に徳川家康などその最たる例で、豊臣ゆかりの武将を手なずけ、関が原で勝利し、さらに、褒美をたくさん与えるが、彼らの末路は悲惨だった。
作品名:短編集53(過去作品) 作家名:森本晃次