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洋舞奇譚~204号室の女~

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泰子は大学の外来業務を継続していたので、週1回は診療に行った。週3回持っていた白血病の化学療法を主にやっている外来枠を1日にまとめたので、混雑する外来だった。15時までの予約40名ほどを全部診終えるのが17時ぐらい。仕事量を減らしたくて転職したのに、研究日として使っている1日がこれではあまり改善点がないのが悩みの種。帰路、東大前の駅から家にもどろうとすると、件の女性と思しき人物が改札の外にいた。
何回か、そういうことがあった。

おやっと思ったのはバスの中。
泰子は大学への通勤手段をバスにした。地下鉄の混雑が半端ないので、駅から始発のバスにしたのだ。前の座席に座っている人が、パスケースを落とした。泰子の目の前に落ちたので、拾って渡した。泰子が使っているカルティエのカード入れと同じもの。渡してみると、その女性だった。

泰子は新しい職場でもあっという間に重要人物になってしまった。どういうわけか、同僚医師は出来のよくない人が多く、人間性もよろしくない人がいた。そのあたり、看護師や事務職は敏感である。泰子にとってはどうということのない案件を速やかにさばいたのち、泰子には数々の役職が降ってくることになった。それなりに密度が濃い業務だし、その品位にかける部下の医師を処分しなくてはならないことも多く、なかなか骨の折れる職場ではあったが、やりがいは十分で、自分の時間はたくさん取れた。

やりたいと思っていたこと。
バレエ。
フラメンコは楽しいのだが、舞踊の基礎がなっていないので、なかなか上達しない。やっぱり、あのバレエをやりたい。
ネットで検索すると、初心者のバレエってのは案外ある。またまた体験レッスンにあちこち行ってみる。
初心者歓迎、とはいうものの。大人が行っている多くのクラスは、まるで美容ストレッチのような奥様の趣味的なものか、子供のころばりばりやっていた人たちがばりばり踊っているか、のどちらかで、ここからちょっとがんばってみたいんですけど、というクラスはなかなか見つからない。しかも、固定の時間だとさすがにまだ自信がない。
あちこち体験荒らしのごとく行ってみて、やっとこれなら、と思ったバレエスクールは、原宿の閑静なマンションの一室だった。チケット制でフリーレッスン。ある程度レベル分けがあるけれど、上級クラスはひとつかふたつなので、他は大丈夫そうだ。金曜の夜のクラスをほぼ毎週行くようにした。小さいときには覚えなかったいろんな用語も勉強するのが楽しい。フラメンコだって、バレエの基本をやったほうが楽しい。

泰子の病院は都内に二か所、横浜に一か所の三か所の分院がある大きなクリニックで、康子は管理職であるので、どこの分院にも時々行くことになっていた。横浜のクリニックは、駅からダイアモンド地下街を進んだ先にあり、新しくできたスターバックスのすぐ近く。早めに着いた朝はよくスターバックスでコーヒーを飲んでから出勤する。その日、普通より少し遅めなので、混んではいない店内に、見たような感じの女性が後から入ってきた。背が高く、黒縁のめがねをして、パソコンのバックをもち、ストレートヘアを後ろで束ねている。ありがちなファッションだが、スタイルが良い、どこかで見たような、と思って、しばらく考えた。思い出せなかった。

やりたいと思っていたこと。
弦楽器。
ピアノサークル・プロヴァンスで知り合った大学でドイツ語を教えている理恵子さんはヴァイオリンもやっていた。誘われて室内楽などをやるようになった。学生は副科で違う楽器や声楽をやったりするけど、大人になってからはそんなことは考えたこともなかった。ピアノで一杯だと思ったから。だけど、アンサンブルをしてみたり、伴奏をしたりしていると、ピアノとは違うフレーズの捕らえ方や、呼吸のとり方がある。特に、バッハに関しては、ピアノよりも理解がしやすいのかもしれないと思われるところがある。
無謀なチャレンジはしたくないから、またまた色々調べた。管楽器のなかでは、フルートが、オーボエ。横向きに使う楽器はどうも構造上無理がありそうだ。オーボエ?どうもかなり難しい楽器のようだ。
弦楽器はどうだろう。指先は使わないほうがいいかなと思っていたので、弾いたこともない。ヴァイオリンは横向きだし、どうも難しそうで。となると、やっぱりチェロかなあ。
もともとチェロは好きだった。音色も、曲も。それから、演奏する人も。
楽器には向いている性格というのがあると思う。エキセントリックな人が多い楽器というのがあるが、チェロは穏やかな人が多いなという印象だったから、チェロを習ってみようかとまたまた色々探した。体験レッスンをあちこち受けた。
ピアノがプロ級であるので、音符が読めない人と一緒のグループレッスンはありえないほど無理だった。音楽用語の説明に時間がかかることもなく、さあ、弾きましょう、でよいわけで、個人レッスンを探してみるが、なかなか、見つからない。
室内楽で一緒にやっていたチェリストが、都内の後輩を紹介するよ、というので、会ってみることにした。陽子先生は子育て中、がんばっている女性で、だんなさんが作曲家とのこと。木曜日の夕方に体験レッスンに行った。少し弾いていただいた。歌心的には合いそうだった。アップライトピアノがある音楽室で、ごく普通の家だったが、お父様のコレクションだったという大量のCDが並んでいて、チェロも借りられるということで、弦楽アンサンブルもやるというし、とりあえずやってみることにした。
子育ての悩みや、だんなさんの収入が少ないことなど、いろいろとお悩みの多い先生ではあったが、演奏の感じが好みに合うことが大きく、合いかわらず忙しい中、時間をやりくりしては通った。何回か、いわゆる発表会があり、チェロアンサンブルにも参加するようになった。陽子先生は立て続けに第二子、第三子を出産され、その度に3ヶ月ほどお休みがあったが、多忙な泰子にはちょうどよい感じで、むしろ音楽その他のお話をする友達のような感じで続けていた。曲は自由に決められたから、フォーレのシシリエンヌ、ラフマニノフのヴォカリーズ、などに無謀なチャレンジをしては砕け散っていた。弦楽合奏はとても楽しかった。

オンディーヌの音楽サークルで知り合った珠子さんと、演奏会だけの会を企画しようかと言って、ホール企画をするようになったのは、チェロを始めたころだった。
その少し前に、オンディーヌはももこさんのメンタル不調をきっかけに華々しく崩壊したので、メンバーも集まる場所を探していた背景がある。泰子もももこさんのメンタル不調からひどい目にあったが、珠子さんもひどい目にあっており、最初は恐る恐る愚痴を語り合ったのがきっかけだ。