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洋舞奇譚~204号室の女~

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スペイン音楽の師匠宅でのホームパーティがあった日、六本木ヒルズで手土産を買ってから新宿に出たのだが、かなりマニアックな道を通ってみた康子の後を、すごい勢いで追ってきて、ドアマンがいる高級店の入り口でブロックされ、買い物が終わるまで柱の影にいた。新宿での乗り換えにはさすがについて来れなかったようで、小田急線には乗ってこなかった。
エステに寄る日は、新宿である。三丁目のほうに地下道を通ってでていくのだが、たいへんな人ごみの中を、逆行するようにすごい勢いで追いかけてきた。
伊勢丹の地下、大混雑の中、買い物をして、顔見知りの店員さんと話をしていると、彼女は少し離れたところに立ってショーケースを覗きこんでいた。伊勢丹の魔界をすいすいと通り抜ける康子であったが、それについてくるのはなかなか困難で、1階の化粧品売り場を抜けるころには姿が見えなくなっていた。
高島屋経由にしたときは、新南口から出るところが難解だったようで、早々に姿がなかった。しかし、エステが終わるのを待っていることがあった。エステの紙袋を見たことがあるのだろう、店舗の脇で閉店時刻を過ぎているのにまだ立っていた。何度か、山手線の車両連結部から視線を感じるという事態があり、ブキミであったので、彼女がいるのに気が付いたときは三丁目から地下に降りて、ルミネの中を抜けるという技を使ってみたら、これにはついてこれず、同じ山手線には乗っていなかった。

11月の末に、チェロのアンサンブル・ミモザ主催の演奏会があった。
どこにも告知しなかったし、出るかどうかも直前まで考え中であったが、結局出演することにして、なぜかメンデルスゾーンのトリオも弾くことになってしまったのだが、ミューザ川崎の会場に彼女が来ていた。
心臓が冷え冷えとしたが、曲数も多くて忙しかったので、すぐ忘れた。撤収に時間がかかり、楽器を持ち帰ったりしたメンバーもいたためか、遅くなった打ち上げにくっついてくることはなかった。
そのころ、マンションの掲示板にピアノが夜中などに聞こえます、という苦情が出ていた。泰子は完全防音にしており、23時間演奏可能な設計になっている。とはいえ、確かに夜中の1時などにリストをバリバリ弾いているわけで、もしかしたら、と思って、一応電子ピアノを用意したりしてみた。

バレエ教室では、いつも年末最後の混合クラスがある。他の曜日の人とも一緒にレッスンできるので、泰子はよく出ていた。
この日、仕事納めも終わっていて、比較的すっきりと向かったスタジオで。見覚えのある靴を見た。ピンクのボアがついたローファー。
心臓が冷たくなった。
まさか。
でも、先生にスケジュールを調整してもらってこの日にした手前、突然やっぱり帰りますとも言えなかった。着替えてスタジオに入ると、彼女がいた。
同じクラスの子と挨拶している泰子に気づき、ぴょこんと飛び上がるように振り向いた。
すごいメイク。ほとんど別人。
順子先生によれば、体験レッスンとのことだった。トーシューズレッスンまでやっていた。そのあとスタジオで少しお茶菓子が出た。それにも参加していた。普通は体験レッスンではそういうことはしないのだけれど。
バレエ教室に入会するだろうなと思った。
泰子はこの先どうしようかと、考えていた。

プロヴァンスの会では、若干名の空きがでて、会員を募集していた。1月になって、体験参加の人が加入を決めたという連絡が来た。今井さんということだった。
心臓が冷たくなった。
まさか。
管理をしている友人に聞いた。ストーカーがいて、今井という人なんだけど、と。
詳細は知らないけど、文京区あたりに住んでいて、大学の教員ということだったと。
全く関係のない横浜のサークルにどうしてと聞いたら、女性だけのが良いと思ったと。
つきまといの詳細を伝えて、4月の演奏会のことはまた相談することにして、とりあえずプロヴァンスの件は保留した。
マンションのピアノの件はこれかなと思った。たぶん、電子ピアノでも買ったのだろう。音を出していて苦情になったのではないだろうか。紛らわしいことはやめてほしい。

2月。ヴァレンタインデイの前の週、土曜日仕事が終わった後に、泰子は直接実家に帰ることにした。
彼女は出待ちをしていた。
まさかと思いつつ、若干巻く努力はしつつ、湘南新宿ラインに乗った。
しかし、ついてきた。身体能力はかなり高い。
恵比寿から、湘南新宿、泰子の斜め前の長い椅子にすわって、タブレットのカメラを向けている。今までこのパターンは横浜で降りていたのだが、今回はちがった。鎌倉までついてきた。週末の鎌倉駅は殺人的である。そのなかを康子は西口にすっと抜けて、チョコレートショップのくらんに向かった。人の少ない御成通りで、まさかと思ったが、遠いところを走るように向かってくる彼女がいた。くらんは小さい店で、少々入りずらい店構えである。顔見知りの店員と試食などさせてもらいながら話をしていて、20分ほどだろうか、ずっと彼女は外にいた。裏通りのパン屋さんに寄った。きょろきょろと探しながら通り過ぎる彼女を見かけた。店を出ると、曲がり角に立っていた。
紀伊国屋の前の交差点から高架下を通り、東口に抜ける。
これまたすごい勢いで走ってくる。バスにのるつもりだったが、これは危ないと思い、乗り場で待機していたタクシーに飛び乗った。気付かれなかったのか、ロータリーを早足で抜けて探している彼女を横目にタクシーは若宮大路を右折した。
タクシーの運転手さんはいい人で、少し話をしてくれた。今日も人ごみで大変だったとかなんとか。少し気が紛れて、ほっとした。

エスカレートしている。
バレエではその後も2回ほど同じクラスになった。木曜日と土曜日。年明けすぐのクラスで、彼女は泰子が年末に来ていたものと同じレオタードを着てきた。個性的なデザインのバレエローザのハイネック。彼女がこのスタジオを見つけた方法がわかった。スタジオのブログに写真が載っていたのだ。昨年の年末クラスのもの、そこに泰子は映っていた。年末のレッスンには来る可能性が高いと思ったのだろう。レオタードも今回のブログ写真で確認して買ったのだろう。気持ちが悪くて吐き気がした。レッスンには集中できなくて、全く駄目だった。一緒のクラスのかわいい服飾デザイン会社勤務の琴音ちゃんは気が付いていた。観察力がある子だから。びっくりしたよ〜という顔をして泰子のほうを見た。その次の週、色違いを着てきた。柔軟性は妙に高いのだが、くねくねした感じで、鎌足。ポワントは無理やり足で立っている。だから下半身が太いんだ。けがをしないのが不思議なくらい、力技が多い。そして気がついた。同じグッチの長財布、5年前のモデル。
彼女とは会話はせず、着替えも時間差になるように気を付けた。個人情報があるので危ないなと思って、泰子は受付に預ける会員証も早々に回収するようにした。
バレエ教室は変えようと思った。順子先生はやさしくて、舞台映えする踊りを教えてくれるが、レベル的にこれ以上うまくはならない気もしていた。スタジオが狭いからである。