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「発展性のない」真実

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 そういう意味で、一時の快楽に溺れた時期があった。給料のほとんどを快楽を求めることに使った時期があったくらいで、風俗通いが日課になっていた。
 しかし、飽きというのはくるもので、どんなに快感を貪っても、次第に冷めた気分がまたしても襲ってくることに、やるせなさを感じていた。
 ただ、それは、快楽に身を任せたことで陥る、世間一般の人の罪悪感とは違っていた。罪悪感は、恥かしいだとか、世間体などを顧みることによって感じることであるが、冷めてくるやるせなさは違うのだった。
 弘樹には、今さら恥かしさや世間体は関係ない。冷めた目で見ることが、今までの自分と結局変わらなかったことへの苛立ちが、やるせなさに変わるのだった。
 もちろん、風俗嬢との恋愛など考えてもいないし、同僚や後輩を見ていて、彼女にしたいと思うような女の子もいない。
 風俗嬢の方が、話をしていて、よほどしっかりしているのではないかと思えることもあった。彼女たちの中には、もっといろいろ勉強したいと真剣に思っている人もたくさんいる。
 勉強と言っても、学校の勉強だけとは限らないが、できれば大学に進みたいと思っている子もいるくらいだ。何を勉強したいのかと言ってもピンと来ないのかも知れないが、とにかく、学問というものに、正面から向かい合ってみたいと思う気持ちが大切だった。そんな彼女たちと、弘樹は、学問の話をするのが好きだった。
 結構、物知りの女の子もいた。雑学など、本を読むだけでも勉強ができるからだ。
 弘樹にとって、風俗は話をするだけでもいいくらいだった。学校で他の女の子たちと話しているよりも、いろいろな話が聞けて楽しい。こちらの話に対しても、どんな話であっても、興味津々で聞いてくれる。そんなところが新鮮で、
――気持ちが通じ合えた気がする――
 と感じるのだ。
 それが「癒し」になるのだと思うことで、弘樹は、風俗通いがやめられなくなってしまったのだ。
 ただ、癒しを求めに行くだけであれば、少し高すぎる。次第に回数も減ってくるが、それはそれでよかった。気分的な卒業だったのだ。
 風俗の女の子は、表で客と顔を合わせるのを嫌う人が多い。あくまでも違う世界に生きているという意識があるからなのだろうが、それはよく分かっていた。
 表で会った彼女たちは、まったく違う人種なのだ。中には、あまりにも雰囲気が違いすぎて、真剣に好きになってしまいそうになる女の子もいるが、そばを通っても気づかないほど、まったく違った雰囲気なのかも知れない。
 寂しい気もするが、やはり密室の中だけの恋愛感情、そこに興奮を感じ、つい、店に通ってしまうのだろう。
 気が短い弘樹にしては、おかしな感覚であった。
 確かに手軽な疑似恋愛のようなものだと思えば、苛立つこともないが、成就することのない恋愛が、果たして気の短い人間に、苛立ちをもたらさないかと言われれば、ありえない気もする。
 ただ、普通の恋愛が、果たして、どれほどのものなのかを考えると、疑問も呈してくる。気が短い人間が一番嫌がるのは、型に嵌ってしまうことである。普通の恋愛は、型に嵌った恋愛とは言えないだろうか。
 好きになったら、まず告白をする。相手に彼氏彼女がいるかいないかを、確かめるのも必要だろう。
 相手に誰もいなければ、ホッとした気持ちになって、後は自分が意を決するかどうかである。
 フラれたくないという思いから、会話をどのように持っていくかを考えるが、そのためにすることは二つ、まず相手の趣味趣向を調べること。そして、それに合わせて、自分も教養を深め、共通の話題で盛り上がれるように考える。
 教養のある人に、相手は好意を抱くものである。尊敬の念と言ってもいいだろう。相手に好きになってもらいたいということの大部分は、この尊敬の念を抱いてほしいという気持ちになることを、その時初めて気づくのだ、
 それが、普通の男女関係だと思うのだが、風俗嬢との付き合いだって、強要を深めたいと貪欲に感じている彼女たちの気持ちは、相手に尊敬の念を抱くという意味で、変わりはないのではないだろうか。
 普通の恋愛もしたことがないわけではなかった。
 大学二年生の頃、入学してきたばかりの女の子と仲良くなった。同じ講義を取っていて、ノートを見せてあげたことがきっかけだったが、最初、弘樹の方は、まったく意識していなかったが、相手の女性が弘樹に興味を持ったのだ。
「どうして、僕に興味を持ったんだい?」
 と、聞くと、
「大学生らしくないところ」
 と答えてくれた。
 確かに他の大学生のように、女の子から好かれたいと、少しでも化粧をしたり、ファッション感覚を磨いたりするのが普通なのに、弘樹は、そんなことはお構いなしだ。いつも同じジャケットを着ていて、髭の剃り跡なども、クッキリと残っていたりする。ファッション関係に目ざとい女性からすれば、弘樹のような男性は、なるべく敬遠したいタイプなのかも知れない。
「俺は、他の人と同じでは嫌な性格なんだ。こんなんじゃ、答えになってないよね」
 と、嘯いたが、彼女は、
「ううん、その方が、本当の自分を見つめているような気がして、私は好きです。皆と同じような人は、わざとらしく見えるというか、個性がないように思うんですよ。弘樹さんのような生き方は、潔くて好きです」
「ふっ」
 思わず吹き出してしまった。冷静がトレンドだった弘樹にとって、中途半端な吹き出しは、相手を不快にさせそうで、一瞬、しまったと思ったが、
「どこがそんなにおかしかったですか?」
 と聞かれて、
「潔いという表現さ」
 と、答えた。潔さというのは、どこか捨て鉢なニュアンスも含まれている。いずれにせよ、最後の決断に近いところであることは間違いない。
 ただ、弘樹は潔いという言葉が妙に気に入った。潔さがあるから、決断ができるのだ。間違っているかも知れないなどと迷ってしまっていては、永遠に決断できない人間になってしまう。
 迷うことが悪いというわけではないが、迷い続けていては、まわりをも巻き込むようで、せっかく他の人にはないものが、自分の長所だと思っているのに、人を巻き込むのは、自分の主旨ではないのだ。そういう意味での潔さは持っているつもりでいた。
 一度挫折を味わうと、その先、人生がマンネリ化してしまうのではないかと思うことがあったが、弘樹に挫折を味わった経験はない。ただ、気になっているのは、今まで生きてきた中で、ところどころ、記憶が欠落しているところがあることだ。
 たいして影響のないことなので、さほど気にしているわけではない。肝心な記憶であれば、もっと気にするのだろうが、記憶の欠落を意識し始めたのに、さほど気にしていない自分に気付いた時、
「自分はあまり細かいことを気にしない人間なのだ」
 と、思い始めた。
 細かいことを気にしないと、少々マンネリ化した人生でも、悪いことではないように思えてくる。毎日が無事にさえ終われば、それでいいのだ。
「中学、高校時代には、こんなことを考えたこともなかったのに」
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次