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⑥冷酷な夕焼けに溶かされて

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想像をはるかに超える、険しい千針山。

道と言えるものは全くなく、険しい岩肌をひたすら登り降りし、どのくらい経ったのだろう。

私の息はあがり、岩を掴む指先は痺れ、限界を感じ始める。

「がんばって、ここまで登ってください。」

そう言いながら手をさしのべてくるマル様は、呼吸ひとつ乱れておらず、改めて身体能力の差を感じた。

「…はぁ…はぁ…」

とめどなく流れる大量の汗を拭う余裕すらない私は、汗さえかいていないマル様の手をぐっと掴む。

そしてマル様とフィンに引き上げられて、ようやく二人が立つ岩に腰を下ろした。

「お水をどうぞ。」

マル様がくれた水筒を受け取ると、私の喉は大きな音を立てながら水を貪るように飲み込む。

そしてそのまま、岩に倒れ込んだ。

「運動不足じゃないですか?」

フィンが呆れたように、私を見下ろす。

「上忍でもしんどいルートだよ。
それに、姫は病み上がり。」

マル様は、言いながら私の汗を拭ってくれた。

「それよりも、私はおまえが意外に苦もなくついてきていることに驚いてるよ。」

思いがけずマル様に褒められたフィンは、珍しく目を見開いて驚いた表情を見せる。

「さすが、花の都の次期頭領だね。」

「!」

おとぎの国で、フィンは『自分は次期頭領にふさわしくない』と言っていた。

『忍』の中では身体能力が高くないことにコンプレックスを抱き、それ故リク様の実子でないと疑い苦しんでいた。

そんなフィンにとって、今のマル様の言葉はどれほど嬉しかっただろう。

フィンは頬を赤く染めると、前髪をくしゃっと握りしめる。

「っ…こ…こんなとこで休憩してる暇ないですよ!」

照れを隠すようにそう言うと、フィンは私の腕を強く引っ張った。

「そろそろ立ってください。」

そして無理やり立たされたけれど、疲労困憊している私の膝はがくがくと笑う。

「ちっ。」

小さく舌打ちすると、フィンは私の前で身を屈めた。

「しっかり掴まっててください。とびますよ。」

そう言うなり、フィンに抱えあげられる。

「っ!?」

そのままものすごい早さで駆け出すフィンに、マル様が叫んだ。

「踏み切れ!」

(踏み切れ?)

私はフィンにしがみつきながら、進行方向をふり返った。

「が…崖!?」

「はっ!」

気合いが吐かれた瞬間、フィンが強く地面を蹴り、ふわりと体が浮く。

「い…やぁぁぁっ!」

「うるさい。」

私が悲鳴をあげると、フィンが苛立ったように切り捨ててきた。

浮遊感に包まれながら落下する私の視線の先には、後からついてきているマル様が二人ぶんの荷物を抱えたままとんでいる。

「もうすぐ着地します。
足は僕にしっかりと巻き付けて、絶対に伸ばさないでくださいよ。」

言いながら、フィンは私を片腕でしっかりと抱き直した。

その13歳とは思えない逞しさと落ち着きに、私もしがみつきながら安心して身を預ける。

「はっ!」

フィンが強く息を吐くと同時に、ジャキッと金属音が聞こえ、体に衝撃が走った。

「っととと!」

そのままぎゅっと私を抱きしめながら前のめりになるけれど、着地直前に岩へ投げ刺していた鉤鎖を引っ張り、なんとか倒れずに踏みとどまる。

「下手くそ。」

少し呼吸を乱しながら、マル様が冷たく言い放った。

「若かりし頃の父上よりは上手でしょ?」

フィンは私を下ろしながら、にやりと不敵に笑う。

「訓練の時に聞きましたよ、お祖父様から。
カレン叔父上を抱えて崖越えした時、宙返り着地して叱られたって。」

「あれは、ここよりもっと距離が長かったし、カレンのほうが理巧(りく)より体格が大きかったから、当時の理巧の技術では勢いを殺さないと危ないと瞬時に判断した結果だ。
おまえには、理巧のように鉤鎖を使って宙返りするなんて技術、ないだろ。」

鋭い口調で言われ、フィンが口をとがらせた。

そして抱きしめられていた腕の力がゆるんだ瞬間、私はしりもちをつく。

「あ、やっぱ腰抜けてた?」

フィンが意地悪く笑うと、すかさずマル様がげんこつした。

「下忍が気を失う崖越えだろ。
腰抜かす程度なら、下忍以上の強さを持ってるってことだ!」

「った~!暴力反対!!」

抗議するフィンを無視して、マル様は私の前に膝をつき、コップに水筒から飲み物を注ぐ。

ふわりと立ち上る湯気が、やわらかなハーブの香りを運んでくれた。

「カモミールティーです。どうぞ。」

お礼を言ってそっと口をつけると、ほのかに甘いフレーバーティーが心身を優しく温めほぐしてくれる。

「おいしい…。」

ホッと吐いた息が、瞬時に白く凍った。

「よく頑張りましたね。」

マル様が優しく微笑む。

それだけで、ぎゅっと萎縮して恐怖にふるえていた体から力が抜け、落ち着くのを感じた。

「叔母上。天気、やばくないですか?」

フィンの言葉に、マル様が天を仰ぐ。

つられるように私も空を見上げると、白く霞んだ低い位置を梟が翔んでいた。

(雪が降りそう…。)

「もう大丈夫です。…急ぎましょう。」

凍る地面から立ち上がると、私はコップをマル様へ返す。

「あともう少しだから、頑張ってくださいよ。」

フィンはそう言いながら、私に綿入りの帽子を被せてくれた。

「こっからは更に危険度が高いので、これを被っててください。」

更に手早く私に分厚い外套を着せてくれながら、自分も装備する。

その言葉通り、そこからは凍る大地に足を取られる中、次々と襲いかかる落石や突然噴出する毒性の強い火山ガスをかわしながら越える険しい道のりで、私はただただ必死にマル様とフィンについていくだけだった。