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夢幻圓喬三七日

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廿日目:平成24年12月11日 火曜日



 
「あっしは大工(でえく)ですからお手のもんでさぁ。ちょいとお邪魔してすぐに直しましょう」
 今日は師匠の声が聞こえてくる。良かったぁ〜。
「今日演る噺ですか? 出来たんですね」
「ああ、夕太郎のお蔭で拵え直したが、何とかできたよ」
「何という演題ですか?」
「つけてないんだが、強いてつければ『子どもの子別れ』かな」
 子どもの子別れ? 園児たちと一緒に泣いたり笑ったりという、夕太郎さんからの難題に応える噺を、子別れをベースに師匠は作ったんだろうか?
 
 定食屋での食事がすむと、師匠はコンビニで新入荷のかりんとう饅頭、そして花屋で菊花を求めた。
「圓馬さんたちに供えるんですか?」
「今日は恕軒先生の祥月(しょうつき)命日なんだよ」
 子どもの頃に、読み書きを教えてもらった先生へ、手を合わせている師匠の隣で、僕も手を合わせる『恕軒先生、初めまして、先生が教えた読み書きは、師匠の中で今でも生き続けています。ご安心ください』
 風呂上がりの師匠は紋付袴の用意をしている。てっきり子ども受けがいいように、雨蛙の高座着かと思った僕には少し意外だった。
「子どもだからって、きちんとした芸がわからない訳じゃないだろう。いや、子どもだからこそ、きちんとした芸を見る必要があると思うんだよ」
 子どもの頃、恕軒先生にきちんとした読み書きを教えてもらった、師匠ならではの考えなのだろうか。一利も二利もあるように聞こえる。

 幼稚園の子どもたちと一緒に食べる弁当のことを店長に伝えると、レジの目を気にしながら聞かせてくれた。
「あくまで僕の考えですが、お弁当が主役ではなくて、食べるという行為が主役でなくてはいけないと思うんです。ですから、どんな物でも感謝して、食べることが必要だと思います。親父なんかの世代だと、食事に少しでも文句を言うと、父親から殴られたっていいますからね。別に殴る必要はありませんが、感謝の気持ちは覚えてもらいたいですよね」
 やっぱり店長は只者ではなかった。江戸前黒いなりと二色のそぼろ幕の内を買って、幼稚園へと向かう。

 園長先生への挨拶もすむとすぐに昼食の時間だ。清美先生から「今から柴田さんが半日園長として皆さんと一緒にいてくれます」と紹介されて、園児たちと同じテーブルに着く。いただきま〜す、の大きな声で昼食が始まった。園児が柴田さんの江戸前黒いなりを興味深そうに見ている。師匠はそれを知ってか知らずか美味しそうに食べ、白湯をこれまた美味しそうに飲んでいる。園児が白湯の飲み方を真似ていた。ごちそうさまでした〜、みんなで手を合わせて昼食の時間が終わる。

 昼食が終わると、自由遊びの時間がやってくる。思い思いの過ごし方で、迎えが来る二時まで待つようだ。園庭で遊ぶ子どもも多い。花壇をいじっている女の子もいた。師匠と二人で園庭へ出ると、門の付近に墨芯堂のご主人を発見した。少し離れて夕太郎さんも見えている。墨芯堂の主人が照れ臭そうに「東京の下から上だから時間が分からずに早く着いちゃったよ」と言っているが、きっと夕太郎さんも同じなのだろう。
 清美さんにお二人を紹介すると、首を傾(かし)げながら夕太郎さんを見ていた。その夕太郎さんは花壇へと向かって行った。女の子と何やら話をしているが、ここまでは聞こえない。清美先生が師匠に話しかけてくる。
「あの〜、柴田さんのお名前はどうしましょうか?」
「立花家蛇足でお願いします」
 師匠はそう伝えたが、清美さんは申し訳なさそうに、
「それが、今までは落語家の方は、お名前が書かれた紙をお持ちになってらしたんですが……、うっかり柴田さんにお伝えするのを忘れていました。どうしましょうか?」
 名前が書かれた紙ってメクリのことか? 今までメクリを用意したことはなかった。でも、園児たちに分かるように用意した方がいいんだろうな。どうしようかと考えていると、墨芯堂のご主人が名乗りを上げてくれた。
「紙とペンの太いのを用意してくれれば書くよ」
「漢字だと園児たちが読めないと思うのですが」
「じゃあ園児たちと一緒に考えて書くかな」
 美代さんが用意した、紙とペンを持って園児たちのいる部屋へと入っていった。園児にペンを持たせて書こうとしたが
「立花家蛇足じゃ平仮名で書いてもわかんないよな。自慢じゃないが、めんどくさい名前だな。どうするかな……、他に何かないかな?」
「柴田さんは半日園長として園児たちに紹介させていただきました」
「じゃ、それでいいか。仮名で半日園長にしよう」
 墨芯堂のご主人はペンの持ち方や、紙に向かうときの姿勢など、細々と園児に注文を出しながら、最終的にそこそこの『はんにち えんちょう』のメクリを完成させた。
 お母さんたち保護者の方が集まり始める頃、美代ちゃんもやってきた。ぞろぞろと『おゆうぎしつ』へと入っていく。先生たちの更衣室で着替えを終えた師匠も入ってきた。前方の小さな椅子には園児たち、後方のパイプ椅子には大人たち、清美さんの紹介で半日園長として、師匠の『子どもの子別れ』が始まった。

◇ ◇ ◇

「東京が江戸といっていた昔は、大工などのお職人の言葉というのは、実に不思議なものでして……」

 師匠は子どもにもわかりやすい言葉を選んで語り始めた。

「この大工をお職人がいいますと『でえく』、ライスカレーを食べるスプーンは匙(さじ)ではなく『しゃじ』と云っておりました。大工(でえく)の熊さんがレースカレーを食べるからしゃじを取ってくんな……」

 保護者はくすくす、子どもたちはきゃあきゃあ笑っている。


「ここに金太という、実に親思いの子どもを持つ、夫婦が暮らしております。しかし、大工の父親がお酒が好きで、お酒を飲んでは、母親と喧嘩ばかり……」

「うるせぇやい! 俺が稼いだ金で、俺が何を飲もうと勝手じゃねえか!」

 いきなりの夫婦喧嘩に子どもも大人も引いた。園児たちは仰け反っている。

「おとっつあん、おっかさんが仲良くなるまで、あたいは家に戻らない」

 毎晩の喧嘩がいやで、両親の元を離れて、お爺ちゃんお婆ちゃんのところへ家出する金太。悲壮な決意が語られている。祖父母も金太の思いに応え、心を鬼にして両親に会わせないと誓っている。すでに泣きそうな園児も見受けられる。

「近くまで来たものですから、どうか一目金太に会わせて下さい。明日っからまた頑張れますから」

 近所に内職の届け物をした母親が、金太に一目会いたいと祖父母の家へ来たが、お祖母(ばあ)さんに玄関で追い返されている。それを障子の蔭で聞いている金太。唇がへの字に震えて今にも母親の前に飛び出しそうになるが、必死に我慢している様子を師匠は見事に演じている。お母さんたちも目頭を押さえている。声を出して泣いている園児もいた。



「へい、近くの仕事が今終わったものですから、どこか困ったところはありませんか? あっしは大工(でえく)ですからお手のもんでさぁ。ちょいとお邪魔してすぐに直しましょう」
作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢