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夢幻圓喬三七日

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 少し興奮気味に話をする瀬尾さんは標準語だった。昨日は気づかなかったが、四人組の濃い関西弁を聞いた後だと、実に新鮮だ。しかし、その内容はカタカナが多くて、師匠に理解できたのたかな、と心配になってしまう。そこへ着替えを終えた四人組が入って来た。それぞれが挨拶をして、師匠に勧められて、名刺と手ぬぐいを瀬尾さんに手渡していた。瀬尾さんは四人にスケジュール説明をして、控室から出て行った。師匠が着替えると四人の視線はやっぱり六尺に釘付けになる。女性はチラチラと、しかし、しっかりと見ていた。着替え終わった師匠の姿に見惚れている四人に「せっかく四人揃っているから、出囃子をお願いしよう」師匠の言葉に四人が固まった。ようやく若朝さんが口を開く
「僕らナンも持って来てませんよ」
「何も必要ないよ。口三味線、口太鼓、口笛、口鉦(くちがね)でおやりよ。曲は任せるよ」
 師匠の無茶振りに、四人は稽古してきます、と言って慌てて隣の控室へと消えた。
「無茶を言いましたね。大丈夫でしょうか?」
「そのくらい即興で出来ないと、今日の大喜利は切り抜けられないよ。大丈夫だよ。それに大喜利ではおまえさんにも活躍してもらうよ」
「え〜ッ、本職に混じって大喜利は出来ませんよ」
「河井君には山田君の役目をしてもらうよ」
 何で師匠は座蒲団運びの山田君を知っているんだ。
 師匠は大喜利でも何か企んでいるようだ。更なる火の粉が降りかかる前に、僕は部屋の隅で着替えることにした。久しぶりの高座着に気持ちも高揚してくる。高座に白湯を運ぶだけのお役目だが、今日も立派に努めたい。大喜利のことは今は考えないようにした。

 四人組が汗を拭きつつ戻ってきて、椅子に腰掛けた。本当に疲れ果てているように見える。瀬尾さんが準備が調ったことを知らせに来てくれて、六人揃って控室を出た。僕が白湯を置いて下がると、高座の脇で四人組の出囃子が始まった。
「チチチチ〜ン、ポン、いよ〜、カンカンカン、チチチン、いよ〜 ポン、ピ〜〜〜〜……、カンカンカン……、いよ〜 ポン チチチンチチチン……」
 曲名は分らないが、見事だった。
「吉原雀を工夫したんだな。上手いもんだ」
 師匠はそう言い残して高座に上がっていく。出囃子を終えた四人と一緒に席に着く、続いていた拍手が鳴りやんで、師匠の噺が始まった
「ただ今は結構な出囃子でして。本職の噺家さんは大したもんだと驚いております。さすがは口先だけでお金(わし)を稼ぐのがお上手ですな」

 早くも笑いが起こっている

◇ ◇ ◇

「このお噺は、江戸で古くから話されてきた物でして、京坂の皆様はまずお耳にすることがないと存じます。よく陰気陽気と言うことを申しますが……」


「こういう物があるんですが」
「たいそう古びた短冊だね なになに 釈妙覚信女……、なんだい」
「そりゃお袋の戒名だ」

 おカミさんとの掛合から、家主との掛合に変わる頃から、客席の笑いが大きくなり始める。



「豆腐屋の女房転んで豆を出し 鳩が見つけてカカアぼうぼう」

「貸しますと 返しませんに困ります 現金なれば安く売ります」
「借りますと 貰ったように思います 現金なれば脇で買います」

 狂歌が詠まれる度に受けている。


「もちゃつかぬ 家が餅搗く年の暮れ もちゃつく家は餅搗かぬなり」

 大爆笑だ。隣の若朝さんは口の中で今の狂歌を呟いている。


「へ〜、つかないから五銭買いました」

◇ ◇ ◇

 噺がサゲると、真っ先に神林さんが立ち上がって拍手を始めた。若朝さんたち四人組も立ち上がっている。会場全体にスタンディング・オベーションが広がっていく。一旦それぞれ控室に戻ると、師匠から感想を聞くことができた。
「若い人が多いから、こういう噺は反応がよくって嬉しいね。社長さんも満足してくれてたみたいだから一安心だよ」
「東京のときとはまた違った熱気でしたね」
「ああ、大阪の会社も大したもんだね。河井君には大喜利の要領を話とくよ。後で瀬尾さんに伝えておくれ」
 師匠から、大喜利の段取りを指示される。なるほど、僕は山田君だ。そこへ四人組が入ってくると、
「ご苦労さんだったね。あの調子で忘年会と大喜利を頼みますよ」
 師匠に労われて、四人の顔も嬉しさに満ちている。瀬尾さんが声を掛けに来て、忘年会場へと向かう。
 さすがにこれだけ噺家が揃うと忘年会も盛り上がる。東京は朝太さんの太鼓が盛り上げたが、大阪では噺家本来の口が武器だ。僕は瀬尾さんと同じテーブルで、大喜利の段取りを相談する。瀬尾さんは、師匠が考えた大喜利の内容に大笑いだ。決して僕の話が面白いわけではない。その大喜利で、主役になる四人は、それぞれのテーブルで楽しそうに盛り上げている。犠牲になるとも知らないで……。師匠は神林さんのテーブルで、お互いにこやかに歓談中だ。すっかり打ち解けて、時々神林さんから肩を叩かれている。締めのカレータイムになると、大喜利メンバー六人は一度控室に戻って打ち合わせることにした。四人は前もってお題などを教えてもらえる、と思ったみたいだが、そんなに甘い師匠ではない。
「四人(よったり)は扇子と手ぬぐいを持って、座ってくれればいいよ。河井君は会場と高座の往復だ」
 その役割は師匠からすでに聞いている。会場の人たちには現在瀬尾さんが説明しているはずだ。オロオロする四人に残された時間は少なかった。瀬尾さんが大喜利の準備が出来たことを知らせに来てくれた。

 舞台に上がる際に、さすがは息の合った四人は、また出囃子をアカペラで演っていた。師匠を含めて舞台上の座蒲団に座る。僕は舞台横に待機だ。舞台の下手に座った師匠が、大喜利開演の口上を述べる
「ここで、皆様には大変珍しい大喜利をご覧に入れまする。こちらに揃いました、上方でも名うての噺家の方々が、扇子や手ぬぐいを用いまして、その仕草の数々をご披露いたします」
 会場からは大拍手だが、四人は
「え〜〜ッ、聞いてまへんがな〜」
 まるで、東京で活躍する三人組の芸人のような声を上げた。これにも会場は盛り上がる。
「まずは、扇子でございますが、これは色々に使い分けが出来ませんと落語が出来ません。それこそ噺になりません。有名どころでは煙管としてこのように使います」
 師匠はそう言って、江戸っ子職人の煙管の使い方、花魁の煙管の使い方、若旦那、大旦那、侍などの仕草を次々に披露した。誰の仕草かは言わなくても会場からは、職人! 花魁! などと声が掛かる。ほぉ〜ッという感心した声とともに拍手が起こる。四人は師匠の仕草を凝視している。
「次にこの扇子を箸に見立てまして、江戸っ子が蕎麦を食べますとこのように。こちらは上方の方がうどんをめしゃがりますとこう。次はお造りをいただきます。同じ魚でも焼き物となりますとこの様に……」
 蕎麦とうどんは重さの違いが箸先に伝わっているし、焼き魚を食べる様子は皿に乗った焼き魚が見える。会場は粛として声も出ない。
「それでは、手前の若朝さんから順にお得意の扇子の見立てをして貰いましょう」
作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢