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夢幻圓喬三七日

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 急に振られたが、さすがは本職。それぞれが扇子を見立てる。若朝さんは筆、女性は火吹き竹、残った二人は、腕を伸ばして釣竿と扇子を広げて杯(さかづき)に見立てた。
「それぞれ見立てましたものを使って、お題の仕草を見せてもらいましょう。仕草が終わりましたら、お客様のお声掛かりで、食べさせていただきます。どうか、出来のよい仕草には美味しいものを、出来の悪い仕草にはご遠慮なく厳しいものを食べさせて下さい」
 それぞれ扇子で見立てて、若朝さんは筆で、女性は火吹き竹、そして、釣竿、杯、どう演じるか楽しみだ。
「まずはお客様からお題をいただきましょう。ございますか?」
 これには予定通り瀬尾さんが叫んだ
「あわてもの!」
「慌て者いただきましょう。では、若朝さんから、筆を使って慌て者を演ってもらいましょう」
 扇子を筆に見立てて若朝さんは慌て者を演じた。筆先の墨が落ちて、四苦八苦する様子を熱演するが、面白くない。本人にも自覚があるようで「すんませ〜ん」と謝っている。
「今のお見立てにご祝儀を差し上げてください。何がよろしいでしょうか?」
 会場からは「スプマンテ!」と声がかかった。各種ご祝儀の食べ物を用意してある総務のテーブルから、スプマンテの入った小振りのグラスを若朝さんまで運ぶ。ご祝儀運びは僕の役割だ。若朝さんが一口でスプマンテを飲み干す。
「それでは、そのスプマンテの売り込み文句を考えていただきましょう」
 師匠の無茶振りは止(とど)まることを知らない。若朝さんが少し悩んでから、
「これは御褒美です(ス)プマンテ」
 駄洒落までキレがない。
 師匠は女性の火吹き竹を指名する。フーフーせわしなく吹いている描写だが、これも出来は今一だった。やっぱりスプマンテを飲まされて「今夜はあなたとスプマンテ」もう訳がわからない。続いての釣竿が大受けだった。東京の『野ざらし』大阪では『骨(こつ)釣り』として、有名な噺に出てくる釣りの描写そのままに演じると、会場は笑いの渦だ。ご祝儀の声はゴロゴロカレーだ。一口サイズに盛ったカレーを食べると「おへそを取られてでも食べたいゴロゴロカレー!」洒落も大受けに受けている。杯の人も杯だけにスプマンテを飲まされた。
「次のお題をいただきましょう」
 師匠の声に会場から「お金持ち!」のお題で、若朝さんはまたもやお金持ちの筆使いで失笑を買っている。場内からは「アダルトカレー!」出た〜、恐怖兵器の登場だ。一口食べて「痛い痛い」を連発していたが「こないな物を食べさして、これは人種差別や! アダルトヘイトや!」それは、アパルトヘイトです。ちょっと受けている。他の三人はそつなくお金持ちをこなして、海苔巻き、生ハム巻、カチョカバロの磯辺巻を食べていたが、一言には苦労していた。
 次のお題は「花魁」だ。これは女性の独壇場だった。火吹き竹に見立てた扇子に手を添えて、そっと口を近付ける仕草からして艶めかしい。そんなアダルトビデオさながらの仕草に会場の女性までもが笑っている。さすがの師匠も苦笑いだ。ご祝儀は当然ゴロゴロカレーだ。「彼〜(カレー)と一緒に食べて、ぬしとゴロゴロしてみたい」一部の落語ファンにしか受けなかった。

***************
* 三千世界の鴉(からす)を殺し
*  ぬしと朝寝がしてみたい

* 都々逸 より
***************

 次のお題で「象(ゾウ)!」大阪らしい無茶なお題だ。全員仲良くアダルトカレーで締め括った。ここで師匠は会場の時計をチラッと見て司会の人に視線を送った。終了の時間だった。
「どうらやお時間がまいりましたようです。手ぬぐいは次の機会がございましたら、ご披露させていただきましょう」
 会場全体から「え〜〜〜ッ」と、お昼の長寿番組でお馴染みの叫び声があがる。司会の方が舞台横で会の終了を知らせると、師匠始め四人組が、
「ありがとうございます。ありがとうございます。お気をつけてお帰りください……」
 てんでんバラバラに口上していた。会場の片付けをしている瀬尾さんにご挨拶をして、各自控室に戻る。

 控室で着替え終った師匠に話しかけた。
「大喜利受けてましたね」
「あたしの狂歌家主よりも受けて、ちょいと複雑だ」
「狂歌家主も素晴らしかったです。大喜利と落語は違うでしょ」
「まあ、そうなんだが、盛り上がって良かったよ」
 そこへ瀬尾さんと社長の神林さんが入ってきた
「柴田さん。こちらでもお世話になりました。人情噺だけでなく落し噺も達者でびっくりしました。それに、我々が扱っている商品を題材に使っていただきまして、ありがとうございます。ああやって扱われると嬉しいもんですね」
 その後、四人組も師匠の控室に入ってきて、神妙な顔で神林さんと名刺交換をしていた。
「皆さんもお疲れさまでした。こんなに楽しい大喜利は生まれて初めてですよ」
「こないにしんどい大喜利はうちらも初めてですわ」
 この若朝さんの感想はわかる。この一言で神林さんは理解したみたいだ。
「事前の打合せはなかったんですね。いや〜大したものです。いくつかキャッチコピーに使いたいセリフも聞けました。ありがとうございます。次の手ぬぐいも見たかったのですが、来年に持ち越しです」
 神林さんはもう来年のことを話している。四人組も来年への期待からか、目を輝かせて聞いている。
「瀬尾君から聞きましたが、柴田さんは明日の午前中に東京にお戻りになるのですね。私は取引先への挨拶があるためもう一泊するので、お昼か夜にご一緒できたらと思っていたんですが、残念です。明後日の午後には東京におりますので、是非お寄りください」
 そう言い残して神林さんが部屋から出て行った。忘年会の後で多少興奮しているのもあるだろうが、バイタリティのある社長さんだ。若朝さんが残念そうに訊ねる。
「明日東京に帰らはるんですか?」
「ああ、飛行機で東京に帰らないといけないんだよ」
 自慢げだ。
「もっと色々教えてもらいたかったですわ」
 他の三人も、そうだといわんばかりに頷きながら「あのお蕎麦を食べるとこはざる蕎麦が見えましたわ。素うどんも見えとったし、若旦那と大旦那の違いも……」残念、あれは盛り蕎麦です。
「東京にはあたしの土産を待ってる人もいるからね。土産には何が良いだろう? 今でも昆布が名物かい?」
「それはもう、ここらは昆布しかありませんわ!」
 四人で相談して、この近所の市場内にある昆布店と、もう一品として京都のじゃこ山椒を推薦してくれた。どちらもネット通販では買うことが出来ないもので、じゃこ山椒は一軒だけデパートに出店している老舗だった。その後四人は会社で取り扱っている商品サンプルを、瀬尾さんから謝礼代わりにもらって、感激して帰って行った。僕たちもホテルへと戻り、部屋で稽古をすると言う師匠と別れて、図書館で借りた本を読むことにした。本には大喜利のことは一行も載っていなかった。
 大阪の忘年会が成功裏にすんだことに安堵して十二日目が過ぎる

作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢