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夢幻圓喬三七日

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「すんません。実はこいつら今日の楽屋で、僕の江戸荒物を聴いてたんですわ。あの後、楽屋に戻ってみると、あないな噺をどこで覚えた、って問い詰められたんです。それで、僕は根ぇが正直ですやんか? ご祝儀を貰(もろ)ぉたお人から教えてもらったんや、と正直に言うたんです。ご祝儀のことは楽屋でも評判になってますから、でも、こいつらは根ぇが捻くれてますやろ、信じないんですよ。楽屋でタコ殴りですわ」
 女性が反論を始める。
「そらそやろ。ご祝儀はくれはる、お酒はご馳走してくれはる、江戸弁は教えてくれはる、おまけに落語まで名人やなんて、誰が信じるかいな。そないに奇特なお方がおったら、会(お)うてみたいわ。今ぁ会うてるけどな……」
「落語が名人かは知らないが、江戸弁はあたしが教えたよ。ご祝儀を出したのもあたしだ。これで信じてもらえるかい」
「信じます。信じます。どこまででも信じます」
 三人口を揃えていた。
「せっかく来てくれたんだから、一杯やるかい。あたしはこの後があるから、付き合えないが、おまえさんたちは飲んで貰って構わないよ」
 お〜江戸弁だ。江戸弁だ……、それは、もういいって! 若朝さんが申し訳なさそうにたずねてきた。
「さっきも言うてはりましたけど、夜の落語会ってなんですか〜?」
 僕が今日の忘年落語会について説明すると
「何を演りはるんですか?」
「狂歌家主だよ。少ぉし膨らまそうと思ってるけどね」
「聴きたいな〜。聴きに行ったらあきませんか?」
 他の三人が頷いている。
「あたしは構わないが、相手があることだからね。それに、今日の寄席はもういいのかい?」
「もう仕舞です。あとはなんもあらしません。四人とも同じですわ」
 はいはい! 僕が瀬尾さんに聞けばいいんですね。直接電話でやり取りをすると、謝礼は払えないが忘年会を盛り上げてくれるのなら、という寛大な返事だった。四人に伝えると大喜びだ。師匠は少し考えてから
「だったら、狂歌家主は普通に演って、忘年会の終(しま)いに大喜利をやるかい?」
「します、します、なんでもします」
「昨日ちょいと面白い本を読んだんで、そこから思いついたことがあるんだよ」
 昨日読んだ本って、あれのことだろうな。
「どないな本ですか? 教えて下さい」
「河井君が借りてきた本なんだけどね。何とかって言ったね? 河井君」
「題名は忘れました。僕の部屋にあるので、今はわかりません」
 題名は絶対人に言いたくない。大喜利用に座蒲団も必要なので、瀬尾さんに連絡すると、快く引き受けてくれた。忘年会まで少し時間があるので、大喜利の練習でもするのかと思っていたら、師匠は昨日の寄席の話を始めた。そういえば昨日は、女性を除く三人の高座を観たんだった。一人一人に師匠が思ったことを話していく。演じ分けるための、ちょっとした仕草や話すときの目の開き方、視線の送り方、口元の作り方と舌先の使い方などだ。それによって自然と顔と声が演じ分けられる。それぞれが演った噺の登場人物になぞらえて実際に演じて見せた。皆感心して真剣に聞いていたが、昨日高座に上がらなかった女性が、
「三人だけずっこいわ。あたしにもなにか教えて下さい」
「おまいさんの好きな噺はなんだい」
「延陽伯(えんようはく)です」
「じゃあ、鶴女(つるじょ)さんの名前を言ってごらんよ」
 女性は鶴女さんの名前を言い始めた。師匠のたらちめの清女さんとは多少違った名前が、ごく普通の口調で語られた。師匠は聞き終わると
「一度しかやらないから、よく観ておきなさいよ」
 師匠は聴いておきなさいよ、ではなくて、観ておきなさいよ、と言った。東京の朝太さんは分かったみたいだが、この四人はどうかな。
「わらわの父は 元京都の産にして 姓は安藤 名は慶三 字を五光と申せしが 我が母三十三(さんじゅさん)歳の折 ある夜 丹頂を夢見 わらわを孕(はら)みしが故にたらちねの体内を出でし頃は 鶴女鶴女と申せしが これは幼名 成長ののちこれを改め延陽伯と申すなり〜」
 京都弁でゆっくりと話した。やっぱり一息に聞こえるその話術に、四人は驚いている。
「信じられへん。柴田さんの肺はどないなってます? 触ってもいいですか?」
 女性がそう申し出たが、さすがに師匠は断った。それから四人はそれぞれ鶴女さんの名前を一息で話そうとしていたが、早口で言っても半分も話せなかった。当然、師匠からは駄目出しだ。
「それじゃ、京都で奉公していた女性じゃないだろう。もっと、ゆっくり、はんなりと話しなさいよ」
「そないなこと言うたかて……、柴田さんみたいしゃべるにはどうすんですか?」
「じっくり稽古しておやりよ。あたしだって時間がかかったんだから」
 師匠は身に付けるまでに百年以上かかっている。彼等に会社の場所と時間を伝えると、楽屋へ着物を取りに帰っていった。それぞれの部屋で風呂を使って、忘年会場の会社へと向かう。

 会社の受付ではすでに若朝さんたち四人と瀬尾さんが待っていた。師匠と別の控室が四人組には用意されていて、一旦着替えるためにそれぞれの部屋へと入る。すぐにノックがされて、瀬尾さんと社長の神林さんがやってきた。
「今日は大喜利もやっていただけるそうで、楽しみですね。テレビで見る大喜利には物足りなさを感じていたんですよ」
 さり気なくハードルを上げる神林さんに師匠が言う。
「急な申し出で申し訳なかったですが、ちょいと生きの良い若いのが居たもんですから、無理をお願いしました」
 その無理を瀬尾さんにお願いしたのは僕ですよ。神林さんが退室して、一人残った瀬尾さんから、今日の会のスケジュールについて説明があったが、ほとんど東京のときと同じだ。違うのは最後に大喜利が入るところだ。打ち合せでは、嬉しい知らせを瀬尾さんから聞くことが出来た。
「実は、社内のサーバに金曜日の忘年会についてのアンケートがあるんです。中身はもちろん提供した飲食物の評価がメインですけど、そのアンケートの最後に、感想などを書くフリースペースがあるんです。全社にはまだ公開してませんが、アンケートを取り纏める総務の特権で、ざっと読んでみたんです。ほとんどが柴田さんがお演りなった福禄寿の感想と忘年会でのお三方のご活躍に触れていました。高座のお礼や感動したという書き込みも多かったのですが、中には、コンサルタントの研修などよりも百倍役に立つ。とか、柴田さんにうちの会社の役員になってほしい。など上層部が読んだら苦笑いな内容もありました。また、こういう忘年会を待っていた。これで一年頑張れる。などもあって、こちらは上層部も大喜びですよね」
作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢