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夢幻圓喬三七日

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「本当は大太鼓でするんですが、これから一番太鼓を打ちます。始めは木戸口が開く音から、次にドンドンドントコイと打ちます。そして、金持ってどんと来いと打って、最後は大入りを願ってバチをこの様に『入』の形で太鼓を止めます。そのように聞こえましたらお慰み〜」
 太鼓の縁を叩き始めた、カラカラカラ……、ドンドンドン……、ドンドンドンドドン、ドンドンドンドドン……
 やっぱり本職は上手いもんだ。どんと来いと聞こえてくる。同じテーブルの人たちも感心して聞いている。外人さんたちはOh〜〜と大喜びだ。その声につられたのかテーブルのまわりに人が集まってくる。朝太さんは更に熱を込めて太鼓を打っている。ドンドコドンドンドンドドン、ドンドコドンドンドンドドン……、朝太さんは額に汗を浮かべての大熱演だ。僕も太鼓を持つ手が疲れてきた。ドン・ドン・ドンド・ドン・ドンド……、最初の説明通りにバチを『入』の形で終えると、盛大な拍手が起こった
「どうもお粗末様でした〜」
 朝太さんが笑顔でお辞儀をすると、ファーストさんが握手を求めてきた。お互い笑顔のシェイクハンドだ
「このあとは二番太鼓ですが、それはもう少し後でやりますね」
 そう言いながら朝太さんは旨そうにスプマンテを一気にあおった。その時、師匠がこちらに視線を送っていることに気づいた。同じテーブルの人たちに断って、師匠のいるテーブルに行くと、神林さんが椅子を勧めてくれる。
「河井さんもどうぞこちらへ。急な話で申し訳ないのですが、月曜日に大阪支社でも忘年会がありまして、そちらへもご出席いただけないか、柴田さんにお願いしていたんですよ」
「月曜日というと、三日後ですよね。それと大阪というと上方の大阪ですよね」
 トンチンカンな受け答えになってしまった。それでも神林さんは辛抱強く話してくれる。
「もちろん交通費や宿泊代など謝礼も含めて相応に出させていただきますので、大阪でも一席演ってもらえませんか?」
 大阪へも行ってみたい、と云っていた師匠に異論はないはずだが、僕も同行して良いのか聞いてみると、
「もちろんです。お二人分の手配をしますので、ぜひお願いします」
 と嬉しい回答があった。
「ありがとうございます。喜んで参加させていただきます」
 師匠も嬉しそうに同意している。神林さんもほっとしたように
「あ〜良かった。私も大阪支社の忘年会には参加するので、是非大阪の連中にも柴田さんの噺を聴いてもらいたいと思いました。ただ大阪は実戦部隊なので若い人が多いのと、土地柄ですから、人情噺よりは落し噺の方が受けるかもしれませんね。何か持ち根多でありますでしょうか?」
 どんどん話が進む。師匠は少し考えていたがやがて、
「狂歌家主(きょうかいえぬし)を膨らましましょう。掛け取りにしてしまうと、ごちゃつきますから、狂歌を色々取り入れましょう」
「それは関西の人にも受けそうですね。私も楽しみです」
 遠くから朝太さんが打つ二番太鼓が聞こえてくる。太鼓はファーストさんが持っていた。
「それでは、詳しいことは後で総務部長から説明がありますから、よろしくお願いします」
 そこへミセス・グリーンが料理を載せたお皿を持ってテーブルにやってきた。
「カチョカバロの磯辺巻です。こちらの河井さんから教えていただいたようです」
 会場隅のテーブルでは美代ちゃんがカチョカバロを焼いているのだろう、ホットプレートに向かって奮闘中だった。
「これは旨そうだ。さっそくいただきましょう」
 神林さんがそう言うと、周りの人たちも磯辺巻に箸をのばす。食べてみて一様にその美味しさに驚いている
「これは良いですね。いいものを紹介して貰いました。頒布会の目玉になりますよ。こういう一見ミスマッチに見える組み合わせっていうのは、お客様の興味を引くものです」
 コンビニの店長にお礼をしなくっちゃ。ここで師匠と僕は神林さんたちのテーブルを離れて、他のテーブルに御機嫌伺いに行くことにした。
 各テーブルでは、師匠の福禄寿に対する称賛を聞くことが出来た。落語好きな人からは師匠の話芸が絶賛され、落語が初めての人からは寄席に行ってみたくなったとの感想があった。その都度師匠と僕はお礼を言って、お酌をして廻る。朝太さんも太鼓を持ってテーブルを廻っている。師匠と僕は今は誰もいない総務のテーブルへ着いて、三日後の大阪行きについて話すことにした。
「思わぬところから大阪行きが決まりましたね」
「ああ、あたしもびっくりしたよ。社長さんは最初、福禄寿を褒めてくれていたんだが、突然、落し噺も聴いてみたいとか言いだしてな。ここでもう一席演るのかと思ったけど、まさか大阪へ行ってくれとはね」
「宿泊から交通費まで出してくれるとは、ずいぶん柴田さんの噺に感激したんですね」
「社長さんはあたしの噺もそうなんだが、社員の人たちが福禄寿を真剣に聴いていたことにも感激してたよ。終わった後の拍手で目が潤んだって言ってたよ」
「あの拍手も凄かったですね」
「途中で立ち上がって寄席から出て行かれたことはあるけど、立ち上がって拍手されたことは初めてだよ。大阪でも張り切らないといけないな」
「それに謝礼もいただけるみたいですから、楽しみですね」
「帳簿は付けてあるかい?」
 この言葉は久しぶりに聞いた。そこへ朝太さんがやって来た
「太鼓を持って来て良かったですよ。大盛り上がりですよ。柴田さんも社長さんと盛り上がっていたみたいですね」
 しっかりと見ていたんだ。
「ああ、大阪行きを頼まれたよ」
「え〜、いつですか? どこで演るんですか? 何を掛けるんですか?」
「月曜日の夜だよ。大阪の会社で、狂歌家主を膨らまそうと思ってるんだ」
「聴きたいな〜、でも明日からの上席は寄席に出るので、行けそうにありません」
 涙目で本当に残念そうにしている。そんな朝太さんを慰めるためか師匠は、
「朝太さんには今日お世話になったから、明日あたしの噺を聴いてくれるかい?」
「えっ、どこで演るんですか?」
「そうだな、河井君のマンションで演ろうか」
「ありがとうございます。夜席が終わって六時半にはどこへでも行けますよ」
 マンションの最寄り駅で六時半の待ち合わせになった。朝太さんは大喜びで興奮している。どこからかカレーの香りが漂ってくと、美代ちゃんが大声で商品案内をし始めた。
「新しく取り扱う予定の『ゴロゴロカレー』と『アダルトカレー』で〜す。締めにどうぞ〜。ハーフアンドハーフも出来ますよ〜」
 香りは美味しそうだが、このネーミングで大丈夫なのか? それでも社員の人たちはカレーテーブルに群がっている。
「カレー取ってきましょうか?」
 ご機嫌の朝太さんが気を利かせてくれたが
「少し落ち着いてからにしよう。それにしても旨いもんばかりだね。さすがにお美代ちゃんの会社だけのことはあるね」
「そうですね。こんなに美味しいものが食べられるなら、毎年呼んでもらいたいですね。私は来年のために、もう少し皆さんのところを廻ってきます」
作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢