夢幻圓喬三七日
「ああ、出た出た。中には鍋焼は時間がかかるから、酒飲みはとりあえずは熱燗だっていうし、下戸(げこ)は先に蕎麦湯をくれなんていってな。まだ蕎麦も茹でてないのに蕎麦湯もねえもんだ。それと、卵酒まで頼んだ奴がいたんだぜ。カアちゃんがなにを考えてんだか注文を受けちまいやがんの。しょうがねえから作ったよ」
あの噺で卵酒が飲みたくなるなんて人それぞれだ。
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* おめえが拵えたしびれ薬を
* 卵酒に入れて喰わした、
* それをおめえが飲んだのだよ
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* 落語 鰍沢(圓喬)より
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それから僕たちは下の店に移動して、今日参加してくれたお客さんたちとの落語談義を楽しんだ。お店のテレビに映っている笑点を師匠は興味深そうに見ていた。
帰り際に、大将が今日のご祝儀と、お心付けと書かれた封筒をそっと手渡してくれた。
また、母親に服質を取られて、師匠と二人してマンションに戻る。
リビングで落語鑑賞会をしていると携帯が着信メールを知らせた。彼女からだった。
……三連休なのに連絡してくれなかったね。待ってたのに……
文末には青筋の絵文字のおまけ付きだった。携帯画面を見てしばらく凍り付いていると、師匠が声をかけてくれた。
「どうした、彼女と拗(こじ)れちまったか? だから早く謝っちまえって言ったのにな」
なすすべなく、師匠に彼女からのメールを見せると、師匠は笑いながら
「なんだ、深刻な顔をしてたから、三行半(みくだりはん)でも突きつけられたのかと思ったよ」
「笑い事じゃないですよ。充分に深刻ですよ」
「彼女が会いたがってるんだから、会えばいいじゃないか」
「会ったって何て事情を説明して良いかわからないですよ」
「あたしのことを正直に話せばいいじゃないか」
「えっ、話してもいいんですか?」
「いいよ、あたしが迷惑をかけてるんだから、なんだったらあたしが会って話そうか」
「それは最後の手段に取っておきます。とりあえず二人だけで会います」
「彼女は仕事を持ってるのかい? だったら明日(あした)仕事が終わってからだな。早く返事をしておやりよ。まず謝るんだぞ」
連絡できなかったことを詫び、明日仕事が終わってから会いたいとメールを送った。
落語会成功の喜びと明日への不安を残して四日目が終わろうとしている