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美の探求

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 だがそれは事実上、アジア系や黒人系を含め、有色人種側の意識を後退させた。改正法施行後、生まれ持った人種的な特徴を捨て、容姿や肌の色を白人のように変えたのは案の定、有色人種が圧倒的に多かったからである。そうした若者が続出し、外見だけでは人種や民族、そして年齢までもなかなか判別できないようにまでなった。精神と肉体両方を併せ持つ人間という存在は、少なくとも肉体の方を、完全に支配下に置くことができる時代が来たのだった。
 
 「だけど――」ひと通り説明して、ステイシーは言った。
 「実は、ここで一番伝えたかったことは、もっと先にあるの。そんな風に人間の肉体が遺伝子操作で自由に変えられるようになって、それが国民の間で一時期爆発的な潮流になったのに、それから20年くらい経って、私たちが訪れた2130年頃になると、外見上の民族構成は、今の時代とほとんど変わらない構成に戻ってしまったってことなの。
 つまり、その遺伝子操作技術は、開発されてからたったの20年間で、美容整形にはほとんど使われなくなってしまったのよ。それは不思議じゃない?なぜみんな、そんな便利な技術があるのに、好きな容姿を求めなかったのかしら?少なくとも、フランシスのような悩みは減ると思わない?」美しい白人になれれば幸せになれるのに、という言葉が危うく喉から出かかったが、ステイシーは意識して飲み込んだ。
 「スタジオにいる皆さんはなぜだと思いますか?」ステイシーは投げかけた。意外なことに観客はだれも答えようとしなかったが、それは早く先を話してと急かしていたようにも見えた。
 「実はね、先ほども言ったように、最初は確かに白人の容姿に変える若者が続出したそうなのだけど、それが20年くらい続いたら、社会全体がまるで白人だけのような社会になるその空虚さに気づき、多様性ある米国の力の源泉が失われるという危惧が社会全体に出てきたらしいの。
 そうした社会の変化を徐々に垣間見て、国民の間に初めて危機感が広がったのね。自然環境がそうであるように、国家も社会も人間も、多様性が不可欠だということに、未来の人間たちは気付いたんですね。
 変わったのは外見的な社会だけじゃないわ。ひとり一人の若者たちの間で、自分たちが持って生まれた人種の容姿を変えたって仕方がない、むしろ無益で馬鹿げたことだ、という考えが広まったの。変えようと思えば変えられる時代にあって、せっかく持って生まれたものを大切にしたいっていう、何ものにも抗えないエネルギーのようなものが沸々と若者たちの間で芽生えたんです。
 「世間的な美醜」にこだわらず、本来の容姿を尊ぶ風潮が怒涛のように社会現象として現れて、結局、外見上の人種構成は元に戻ってしまったらしいわ。そして、その風潮が圧倒的に社会を支配して、ありとあらゆる美容整形は、ほとんど需要がなくなってしまったらしいんです。
 肉体の表面だけを変えたって意味がない、これは本当の自分じゃない、こんなことをしても人生の幸福感にはつながらないって、身体の容姿を実際に変えた人たちが気づいたのよ。容姿なんて簡単に変えられる。だからこそ、本当の自分を捨てて、なぜそんなことをわざわざしなければいけないの?という意識が国中に蔓延したのね。私たちはこの現代で、容姿を簡単に変えられないからこそ、他人を見ては無いものねだりでうらやましがっているだけなのかもしれないわ」
 「それとフランシス、最後にひとつだけ言わせて。私たち米国の2130年の未来社会は、今とは生命観が少しだけ違っていたのよ。
 昔の中国に『孝経』という儒教の経典があるのだけれど、その中に、『身体髪膚これを父母に受く。あえて毀傷せざるは孝の始めなり』という文言があるの。これは日本にも受け継がれて、私の先祖の世代がよく暗唱したそうよ。要するに、身体は両親から与えられたものだから、傷つけないようにするのが親孝行の始めだ、という意味ね。でもそれをもっと、われわれの文化風に解釈すると、『身体は神から与えられたものだから、傷付けたり変えようとしたりするのは神を冒涜する行為だ』とも言えるでしょう。
 2130年でも私たちの国はキリスト教に基づく宗教観には変わりはなかったけれど、興味深いことに、アジアの仏教的な輪廻転生の考えが広く老若男女に浸透していました。『天から今世に命を授かって転生してくる際に、神から新しい宿題を与えられる』という考えよ。
 その転生の際に、ひとり一人の人種や容姿というのは、人生の宿題をきちんと正しくやり遂げるための教材なのだ、ということです。
 もしも教材を勝手に変えてしまったら、フランシス、どうなる?神から与えられた宿題を、ちゃんとできないですよね?学校で宿題として出された数学の問題を、自分で簡単な問題に変えたところで、やり終えたことにはならないわよね。そんなことをしたら、再度転生した人生でまた神様から同じ宿題を与えられるだけ。だからこそ、私が訪れた時代には美容整形で容姿を変えたりする人なんか、ほとんどいなくなってしまったのね。
 分かるわね?フランシス。昔悩んでいたことが、何年も経ってから私は昔、あんなことに悩んでいたのかって感じることがあるでしょう?それと同じで、今のあなたの悩みは、未来的な観点からすれば、あなたが人生をかけてとどまるべき課題ではないってことなの。でも、現在あなたが悩んでいること自体は、あなたの成長にとって無駄じゃないと思うけれど」――。
 
 NQMIの施設内ではちょうどその頃、トレイシーとタイムマシンに同乗した調査員たちも「Night Show with Tracy」を見ていた。
 「本当に今回は、トレイシーが選ばれてよかったな。タイムマシンに対する国民へのポジティブな広報活動という意味では最高の人選だったよ」調査員の一人が言った。
 「そのようだな…。あの質問者は、未来を実際に見てきた人気タレントにあれだけ説得されてはぐうの音も出ないだろう。未来に滞在していた時のトレイシーは、医療関係者に遺伝子操作の経口薬についてかなり熱心に質問していたからね」
 「さすが美容コンサルタントだ」
 「ハハハ…」
 
 その夜の番組終了後、ニューヨーク市内のレストランで、十数人の番組関係者がビールを傾けていた。今回は特別に打ち上げをやろうと言い出してトレイシーやスタッフたちを誘ったのは番組のディレクターだった。
 「今日の放送は本当にすばらしかったよ、トレイシー。おそらく視聴率は番組の過去最高になったはずだ。スポンサー企業もさっき電話してきて、番組内容を絶賛していたくらいだよ。特に人生相談のコーナーは、トレイシーが未来から帰ってきた直後としては、偶然にしては出来過ぎなくらいタイミングがいいテーマだったし、トレイシーの回答も絶妙だった」ディレクターは満面の笑みでトレイシーに話した。
 「どうもありがとう。実際、今回はあの人生相談コーナーの質問は最初から選んでおいたんだけど、何を言うかは用意をほとんどしていなくて、直前まで迷っていたの。未来の人たちのことを思い出していたら、自然と口からさらさらとアドリブで出てきたのよ、不思議ね」トレイシーは少し照れながら話した。
 そして、ディレクターは続けた。
作品名:美の探求 作家名:青木哲也