ショートショート集 『心の喫茶室』
ー8ー 使い道(二)俺編
二十歳になった夜、俺はおやじからこの長い話を聞かされた。
それはおやじの祖父、つまり俺の曽祖父、ひいじいちゃんから受け継がれた話だった。
ひいじいちゃん本人から直接聞いた祖父は、信憑性を感じただろう。でも、又聞きとなるおやじの話には熱がこもっていなかった。それを聞かされた俺など、当然、半分も信じてやしない。
話し終わると、おやじは仏壇の引き出しから、古びたボロボロの菓子箱を取り出した。そして、無言のままそれを開けた。中には小さな石ころが入っていた。たしかに、ちょっとそれはいわくつきに見ようと思えば見えなくもない。俺は、自分があんな話をまともに聞いていたことに気づいて、心の中で苦笑した。
おやじは、すぐにその石ころを小箱にしまい、元の引き出しに戻した。そして、これで自分の役目は終えたとばかりに何も言わずに部屋を後にした。
バツが悪かったのだろう、俺はそんなおやじに同情した。冗談半分に話せればまだよかったのだろうが、生真面目なおやじには、仏壇の前でとてもそうはできまい。
他人ごとではない、いずれは俺の番がやって来る。息子が二十歳になった時だ。俺が結婚するかはまだわからないが、そんなのは真っ平ごめんだ。そうだ、忘れてしまえばいいんだ。人にはうっかりということがある。今聞いた話は忘れてしまおう。
いや、待てよ。俺が誰にも伝えなければ、あの石ころは誰にも気づかれないまま永遠にあの引出しで眠り続けることになる。おやじの話を信じたわけではない。信じたわけではないが、万が一ってことがある。そう思うともったいない気がしてきた。
願い事が何でも叶う……。
それを俺は託された。だとしたら――ひいじいちゃん、俺が使わせてもらうよ。
さっそく俺は、仏壇の引き出しからさっきの石ころを取り出した。鐘をチ〜ンと鳴らして、ひいじいちゃんに挨拶すると、それを無造作にポケットに入れて外へ出た。
その石ころは小さいくせにやけにずっしりと重かった。歩くのに気になって、俺はポケットから石ころを取り出した。手にした石ころは、家で見た時より、白さが増している感じがした。光線の加減からか、それとも、長い間暗いところに閉じ込められていたので、外出を喜んでいるのだろうか。
そう思った時、道路の向こう側に宝くじ売り場があるのに気がついた。
まあ、ベタだけど、あれだろうな。え〜と一等は三億円か。
『本当に困った時に使うんだぞ』
そんな言葉が聞こえてきた気がした。俺にも良心などというものがあるってことか――でも、このまま街をぶらついていても、この石ころの使い道など見つかりそうにない。どうせ当たりっこない、でも、もしもってことがあるからな。
そう思い道路を渡ろうと、交差点の真ん中まで来た時だった。左の方からスピードを落とさず直進してくる車が目に入った。そして俺の正面には、道路を渡ろうと向かってくる幼い少年の姿が!
俺は咄嗟に少年に向かって走り出すと、
「助けてくれー!!」
石を握りしめながらそう叫び、その少年に飛び掛かった。少年と俺はもつれるように道路の端に転がった。
キキー!!
けたたましいブレーキ音。
路上で少年を抱いたまま倒れている俺の目に、俺の手からはじき出されたあの石が見えた。野次馬の足元を転がっていく石の先には、奇妙な杖が。そして、老婆がその石を拾っていく後ろ姿を、冷たいアスファルトに頬をつけながら、俺はぼんやりと見送った。
われに返った俺の身体中に痛みが走った。そして、少年ともども助かったと確信した俺は、安堵から静かに目を閉じた。すると、耳元にひいじいちゃんの声が聞こえてきた。
『よくやった、見事な使い道だった』
作品名:ショートショート集 『心の喫茶室』 作家名:鏡湖