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ショートショート集 『心の喫茶室』

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ー7ー 使い道(一)曽祖父編


 あれは六歳の頃だったと思う。どこかの山で僕は親とはぐれた。幼かった僕が、その時のことで覚えているのは三つだけ。
 一つは、今にも何か怖い動物に襲われそうな恐怖や、このままもう親に会えないのではないかという不安から泣き続けていたこと。
 もう一つは、それから長い時間が過ぎ、木にもたれて座っている僕の目に、捜索隊の灯りが飛び込んできたこと。
 そして、もっともはっきりと僕の記憶に刻まれていたのは、その間に起こった出来事だった。
 それは、風変わりな杖をついた不思議な老婆との出会い。泣きじゃくる僕の前に、その老婆は忽然と現れた。怖い獣ではなかったが、それでも十分怖かったのだろう、僕はピタッと泣き止んだ。
「そうじゃよ、男の子は泣いたらいかん。
 いいものをあげよう。これは不思議な石でな。これを握って願い事を唱えると、な〜んでも叶えてくれるのじゃ。ただし、一度だけ。そう一度だけだから、大切に使うんじゃよ」
 そう言って、老婆は僕の手のひらに小さな石を乗せた。子どもだった僕はもちろんすぐにそれを信じた。
(何に使おう?)
 頭はそのことでいっぱいになったのだろう。恐怖も不安も消え去り、捜索隊に発見され、親に引き合わされた時、
「気丈なお子さんですね。こんなに幼いのに泣きもせずにじっと我慢していましたよ」
 と言われたと、後々親から聞かされた。
 
 
 そんな出来事をすっかり忘れて僕は育った。それを思い出すことになったのは、高校受験が迫った中三の時だった。
 中学生になった僕は、定期テストが迫るたびに、なぜだかいつも部屋の片づけを始めてしまう。一夜漬けの貴重な時間だというのにだ。
 普段の定期テストとは格段に違う緊張感に包まれた入試が迫ったその日、僕の部屋の片づけはかなり本格的なものとなった。机や棚にとどまらず、押し入れの奥までごそごそとひっくり返しだした。そして現れたのが、幼き日、あの山で老婆からもらった小石だった。
 それを見つけても、すぐにはそうとは気づかなかった。古びた菓子箱の中に、なつかしい柄のハンカチに包まれてそれは登場した。子どもだった僕は、宝物として大切にしまっていたのだろう。そして子どもだったから、そのうちに忘れてしまったのだ。
 取り出してみると、それは変わった形をしていた。自然の石ではあり得ないほどまん丸な形。まるでひとつぶの葡萄のようだった。そして、色は真っ白で、小さな見た目よりずっと重く感じられた。それを見つめていると、あの時の光景がよみがえってきた。
 なんでも願いが叶う……
 老婆はたしかにそう言った。僕はその言葉に気を取られて泣くのを忘れた。今思うと、それは僕の気をそらすための嘘だったかもしれない。僕は騙されたのだろうか?
 いや、でも普通、山の中で子どもが一人で泣いていたら助けるはずだ。石だけ渡して置き去りにするなんてことはあり得ない。やはり、あの老婆は魔法使いでこの石は魔法の石なのではないだろうか……。それとも、恐怖のため、僕は妄想の世界に迷い込んでいたのだろうか?
 試してみれば答えは出る、簡単なことだ。
 いや、でも一度しか使えないから大切に使うようにと老婆は言っていた。いつ、何に使うか? それはまさに今ではないか! 受験直前に見つけたのだから、今こそ使い時というものだろう。
 でも、僕は躊躇した。こんなことに使ってしまっていいのだろうか?もっと困った時とかに……いいや、もともと存在すら忘れていたのだ、使ってしまえ!
 
 
 僕は、志望校に合格した。でも、それは実力でなしえた結果だった。結局、あの石は使わなかったからだ。理由は、大学受験に取っておこうと思ったから。その時に使えば東大だって入れるわけで、それならば高校なんてどこでもいい。
 
 
 三年後、その大学受験が迫ってきた。僕は成績がよく、ぎりぎり東大を狙える位置にいた。日本の大学は入るのは難しいが、入学さえすれば卒業はどうにかなる。今こそ、石に願いを託す時だ。
 ただし、そんな不思議な話が現実に起こるという保証は全くないのだが……。
 
 
 僕は、有名大学に合格した。ただし東大ではない。東大は受けなかった。もちろん、石に祈願もしなかった。
 なぜ東大を見送ったか? それは、ビリが嫌だったからだ。中学でも高校でも僕は常に上位にいた。おかげで余裕をもった学生生活を送ることができた。もし、今の実力で東大に入ったら、周りの優秀な学生たちに追いつくためだけに四年間が費やされることになるだろう。
 僕は身の丈に合った学生生活を選んだ。
 
 
 四年後、有意義なキャンパス生活を満喫し、大学を卒業した僕は中堅企業に就職した。年齢的にも肉体的にも活力がみなぎり、希望に満ちあふれていた。
 そして、仕事に慣れてきた頃、出世を目指すか、中途退職して起業するかを真剣に考え始めた。そのどちらかに、石の願いを掛けようとまで考えが煮詰まった。将来を決める大事な選択だ、ここでこそ使う価値があるというものだろう。
 
 
 三十代の僕は、家族を持っていた。仕事? 新卒で入った今の会社で無難な勤務を続けている。
 若き日、希望に燃えて出世や起業を夢見た時期もあったが、ちょうどその頃今の妻に出会い、結婚、子どもの誕生と生活に追われる中で、それらは埋もれていった。
 今ではそれでよかったと思っている。
 石の魔力で出世したとしても、その地位を守るために仕事人間になって、家庭や体をこわしたかもしれない。あるいは会社の合併や倒産という事態に見舞われ、その地位は水泡と化していたかもしれない。
 また、起業なんてもってのほかだ。経済の変化によって経営が傾けば、大きな借金を背負い、果ては一家離散にもなりかねない。
 不思議な力を借りて得た成功なんて、行きつく先はそんなものだろう。実力が伴わない仮初の成功なのだから。
 
 
 こうして、僕は魔法の石を使うことなく四十代を迎えていた。今では、その石の役割はすっかり保険になっていた。もし、家族が病気や事故に合った時にはこれを使える……それはとても心強い保険だった。
 
 
 しかし、五十代になり、子どもたちが独立すると、その保険の有難みもだんだん薄れてきた。守るべきものがなくなったからだろう。
 そして僕は考えた。この石の力を使わず、ここまで自分の力ですべてをなし得てきた。しかし、それはある意味、この石のおかげでもあるのかもしれない。もしかの時は……そう思えるものの存在は大きい。
 ここまで自分を支え、導いてくれた石に感謝し、これを子孫のために使おう。この石とともに、僕の経験を語り継ぎ、子や孫の幸せと繁栄につながれば、そう思った。
 
 この石を使うことなくがんばる、それでもどうしても必要な時、本当に困った時は使うようにと、僕は言い遺した。