ショートショート集 『心の喫茶室』
ー9ー 七夕とクリスマス
小学六年のクリスマスの日、終業式に向かう廊下で、僕の耳に女子たちの会話が聞こえてきた。
クラスの女子がひとり引っ越すという。あと三学期だけだから、本人だけおばあちゃんの家に残り、家族の元へ行くのは卒業後になるそうだ。実は、その女子は僕が密かに好きな子だった。
僕は少なからずショックを受け、その年のクリスマスは寂しいものに感じた。
そして、その話通り、その子は卒業と同時に、どこか遠くへ越して行った。
僕の初恋はこうして終わった……はずだった。
ところが七月のある日、家に帰ると、台所のテーブルの上に一通の手紙が置いてあった。見ると宛名は僕になっている。裏を返してみると、そこにはなんと初恋のあの子の名前が書いてあった!
驚いて封を開けようとした時、隣の茶の間からちらちらとこちらをうかがっている母親に気づいた。僕は、手紙を持ってすぐに二階の自分の部屋へ駆け上がった。
封筒の中身は、一枚の短冊だった。そして、それにはこう書かれていた。
『クリスマスプレゼントがもらえますように』
そして、最後の小さいハートマークを見て、僕は真っ赤になった。台所で開けなくて正解だった。
その年のクリスマスが近づいてくると、僕はあの手紙が気になりだした。普通の手紙だったら返事を書いたかもしれない。でも、願い事が書かれた短冊に返事のしようがない。だから、無視することになってしまったのが心にひっかかっていた。
そして、考えに考えた僕はクリスマスプレゼントを贈ることにした。それは、あの子の似顔絵だった。僕は絵が上手……なわけがない。一生懸命へたくそな絵を描いて、矢印を引き、ご丁寧に
「クリスマスプレゼント」
と書いて送った。あの子は怒るかもしれない、でも僕は送った。中学一年生のやることは説明ができない。
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案の定、返事は来なかった。ところが次の年の七夕、また台所のテーブルの上に手紙が置いてあった。僕は、すぐにそれを持って二階に上がった。やはり、母がちらちらと見ていたからだ。
中身はまた短冊だった。
『上手に描いてくれますように』
そして、写真が一枚同封されていた。そこにはあの子の笑顔が写っていた。ぼくはまた真っ赤になった。
その年のクリスマス、今度は上手に描いて……なんてことができるわけがない。代わりに、こちらも写真を送ることにした。ひとりの写真では恥ずかしいので、野球部の集合写真を選んだ。全員同じユニフォーム姿で、帽子を目深にかぶっている。豆粒のような顔の僕を見分けることはできないだろう。そんな意味のない写真を送った。中学二年のやることだから。
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次の七夕を僕は心待ちにしていた。そしてやはりそれは届いていた。そして母親はもう興味を示さなくなっていた。
中からはおなじみの短冊が出てきた。
『前列右から二人目の人とともに高校に受かりますように』
僕は驚いた。あの写真からあの子は僕を見つけ出していたのだ。
僕はクリスマスも心待ちにするようになった。そして、あいかわらず下手な絵を描いて送った。今回はお守りの絵にした。合格祈願と書いた隣にあの子の名前を書き加えた。中学三年の冬だった。
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翌年の七夕、短冊と写真が届いた。
『ありがとうの気持ちが届きますように』
写真には、サイフから顔をのぞかせている見覚えのある絵が写っていた。昨年僕が書いたお守りの絵を切り抜いたものだと、すぐにわかった。
クリスマスが近づいてきて、僕は、今までとは違う発想が浮かんだ。なぜならば、もう高校生になっていたからだ。
住所はわかっている。遠いが会いに行けない距離ではない。電話やメールで連絡を取り合うことだってできる。
でも、僕はあえて今のままを選ぶことにした。自然に生まれ、長く続けたこのやりとりを終わらせたくはなかった。
とは言え、中学生のままというのもイヤだ。ささやかでも本当のプレゼントを送ろうと決めた。何がいいだろう?
僕は少し大きめの封筒に、シュシュとメモを入れた。シュシュはネイビーに星の飾りのついたものを選んだ。もちろん、天の川を連想したものだ。
そしてメモにはこう書いた。
『高校生活を楽しもう』
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七夕の日、母が定期便、と言って手紙を渡した。
『たからものが増えますように』
と書かれた短冊とともに、写真が出てきた。それは去年のクリスマスに僕が送ったシュシュをつけ、うれしそうに微笑む彼女の写真だった。
高二のクリスマスは、夏にバイトで得たお金で安物のネックレスを買った。もちろん、デザインは星だ。そしてメモには、
『メリー・クリスマス!』
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翌年の七夕――
『大学受験、一緒に受かりますように』
同封された写真には、僕が初めて女の子に送ったネックレスを首元に輝かせた彼女が、三年前送った手書きのお守りを手にして写っていた。あんな子供だましのようなもの、まだ持っていてくれたんだ……
クリスマス――
『大学生になったら、君に会いに行く。この約束が僕から送る最後のクリスマスプレゼント』
高三の受験勉強の合い間に、そう書いて送った。
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ふたりそろって大学生になった七夕の夜、僕たちは、小学校卒業以来、初めて会った。すっかり大人の女性になった彼女は、複雑な笑顔で僕を迎えた。
「最後のプレゼントってどういう意味? 会うのはこれが最初で最後っていうこと?」
哀しそうに見つめる彼女に、僕はやさしく語りかけた。
「そんなわけないだろ。僕たちにはかけがえのない六年間があったじゃないか! 郵便で送るのは最後ということだよ、これからは直接渡すからね」
彼女は半泣きの笑顔で僕を見た。僕はそんな愛しい彼女をやさしく抱きしめた。
この日から、僕たちの幼い恋は遠距離恋愛へと姿を変えた。
作品名:ショートショート集 『心の喫茶室』 作家名:鏡湖