ショートショート集 『心の喫茶室』
ー10ー 超能力
――もし、自分に超能力があったら、あなたならどうしますか?――
私は物心ついた時から、富士山が噴火することがわかっていた。そして、そのことを誰にも言ってはいけない気がしていた。いや、幼い時は言っていたかもしれないが、きっと大人たちは聞き流していたのだろう。
大人になって、その時期もだんだんわかってきた。私は悩んだ。何とかして世の中に伝えなければ。でもきっと、誰も信じてくれないだろう。SNSで流すことも考えたが、無視されるか、あるいは名前を突き止められて、ひどい目に遭うのではないかと思ってやめた。
だからと言って、手をこまねいているわけにはいかない。せめて身内や友人だけでも助けたい。そして、私は思いついた。結婚式を海外で挙げようと。
有難いことに、彼だけは私の言うことを信じてくれた。みんなに宝くじが当たったからおすそ分け、と嘘をつき、ヨーロッパでの挙式に親族、友人たちを招待した。私がこれまで貯めてきた貯金をすべてはたいて。
当日、一族郎党空港に集まった。ところが驚いたことに、旅行シーズンでもなく、連休でもないただの平日にもかかわらず、なぜか空港は大混雑だった。
カウンターには長い行列ができ、押し問答の末、中には海外を諦めて北海道や沖縄行きのチケットを求める者もいた。時ならぬ事態に報道各社が取材に訪れ、空港のモニターにもその様子が流れていた。
マイクを向けられた人々は、ただの旅行だとしか答えない。だが、どう見たってこれは異常な光景だ。私はネットを調べてみたが、特に目立った記事はない。
そして私は確信した、ここにいる人たちはみな知っているのだ! カウントダウンが始まったことを。私と同じ超能力者がここに大勢いる。本当に能力を備えた者は私のように沈黙している。誰にも話さない。どうせ信じてもらえないから、それどころか奇人変人扱いされてしまうから。
飛行機の窓から美しい富士山が見える。この光景があとわずかだと知っている私たちを乗せた飛行機は、複雑な思いとともに夕陽の彼方へと飛んでいく。
* * * * *
この短い小説を俺はあちこちに投稿した。この警鐘に気づく者がいるかはわからない。だが、俺はやるだけのことはやった。
そうして来月、俺は家族を連れて海外に移住する。
作品名:ショートショート集 『心の喫茶室』 作家名:鏡湖