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ショートショート集 『心の喫茶室』

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ー11ー 母とわたし


 私の誕生日は七月七日―― そう、本当は私、織り姫様。
 
 幼い頃、私は自分にそう言い聞かせていた。そうすれば、学校でチビ、チビといじめられてもがまんできたから。
 
 いつか、彦星様が迎えに来てくれる、と唇をかみしめ夜空を見上げた。
 
 
 
 私の名前は月子―― そう、私の本当の姿、それはかぐや姫。
 
 子どもの頃、私はそう思ってきた。そうしなければ、家が貧しいのをからかわれることに耐えられなかったから。
 
 いつか、月から使者がやって来て、私を月へ連れて帰る、そう信じて見上げる目に、夜空の月は滲んで見えた。
 
 
 
 私の胸と両手の真ん中に目立つほどのほくろがあった。それを結ぶ三角形は私が特別の存在である目印―― そう、私は何を隠そう、異星人。
 
 中学生になって、親が離婚し、ますます生活が困窮した私は、現実逃避に走るしかなかった。
 
 いつか、UFOが現れ、宇宙人がこの地球から私を連れ出してくれる、空には無数の星が輝いているのだから。
 
 
 
 でも当然のことながら、私は織り姫でもかぐや姫でも、ましてや異星人でもなかった。そして、そんな妄想に頼らなくてもちゃんと生きて行かれる一人前の大人になった。今では、散々苦労してきた母を助け、二人仲良く平穏な日々を送っている。両親の不仲を幼い時に見てしまったせいか、私は結婚など考えたこともなく、今の暮らしに満足していた。
 
 そして時は流れ、母を見送る時が来た。通夜の晩、私は母の隣にいつものように床を敷き、一緒に休むことにした。母子ふたり支え合って長い人生を歩んできた最後の夜を偲ぶように。
 
 ふと夜中に目覚めると、母が起き上がってじっと私を見つめているではないか!
 お母さんが生き返った!!
 うれしさのあまり起き上がろうとしたが身体が動かない。
 そうだ! 思い出した!!
 私は母の好物の大福を買いに行った帰り、交差点でトラックに……。
 死んだのは私の方だったのだ。
 
 あまりに辛く悲しげに私を見つめる母に、私は言った。
「ごめん、先立つなんて親不孝だよね」
 年老いた母は、涙を流しながら大きくうなずいた。
「お母さん、一緒に行く?」
 私はなんてことを言い出すのだろう、とすぐに後悔した。が、母はとてもうれしそうにうなずいた。
 
 
 
 翌日、私たち親子は発見され、安らかなその顔を見て、近所の人たちは語り合った。
「娘さんは気の毒なことをしたけれど、後を追うように倒れたお母さんは娘さんのそばに行きたかったんだろうね。きっとこれで良かったんだよ」
「それにしても、娘の通夜の晩に病で倒れて亡くなるなんてことあるんだね」
「本当に仲の良い親子だったから、娘さんも年老いたお母さんを一人遺していけなかったんだろうね」
 そう言って、私たち親子をやさしく見送ってくれた。