ショートショート集 『心の喫茶室』
ー4ー アドバイザー
苦手なパソコンのご機嫌がまた悪くなった。おかしな動作を繰り返す。こういう時に、見てくれる人が近くにいたらどんなにいいだろうと思いながら、ヘルプセンターに電話をする。
自動音声が流れて、その指示に従いボタンを押す。すると「ただ今混み合っておりますので……」というまたデジタルの音声。機械の言いなりなっているような時間を待って、やっと肉声に辿り着く。
しかしその直前、「サービス向上のため、これからの会話は録音させていただきますので……」なるお知らせが機械的に流れてきた。有無も言わせず、これからの会話が録音されることになる。妙な緊張感に包まれて、ようやく本題に入る。
ところが、これからがまた難題だ。向こうはプロだから、私の下手な説明でも困っていることは察してくれる。でも、向こうの言っていることが私にはわからないのだ。結局、遠隔操作で解決してもらうことになる。そして、今までの会話は録音されていたんだ、という羞恥心ですべてが終わる。また困った時は電話しよう、なんて気には到底なれない。
今や、小学生でもパソコンを使いこなす時代。急速に普及したパソコンに乗り遅れた私。好きこそものの上手なれ、の反対で大の苦手なパソコンを学ぼうとはしなかった。でも、今の世の中パソコンやスマホなしではやっていけない。それらに詳しい彼氏でもいたら、なんてつい思ってしまう。そう、三高なんかより、今はITだ。
そんな時、友人の紹介で知り合った男性は、なんとIT企業の人だった。見た目も普通、感じもいい、こんな上手い話ってあるだろうかと疑ってしまう。でも、紹介してくれたのは信頼できる友人だった。
それからの私は人生が変わった、と言いたくなるような日々を送った。パソコンやスマホとすっかり仲良しになったのだ。トラブル時の対応の心配もなくなり、上手な使い方までマスターした。まさに彼氏様様だ。
こんな素晴らしい彼と出会わせてくれた友人に心から感謝した。日頃からパソコンの愚痴をこぼしていたことを覚えていてくれたのだろう。
ところが、初めて彼の部屋に入った時のことだった。私はわが目を疑った。そこはゴミ屋敷寸前、今まで見たこともない景色だったからだ。
あんなに頭の切れる彼なのに、生活にはとんと疎かった。友人が彼を私に紹介したもう一つの理由がその時わかった。きっと、彼もこの悩みを友人に打ち明けていたのに違いない。
実は、私は片付け魔と言われるほど、友人たちの間でキレイ好きで通っていたのだった。まあ、誰にでも一つくらい取り柄はあるということだ。
さっそく次の日から、私は彼の部屋へ通い、片付け作業に入った。そして、ゴミの出し方、掃除の仕方、洗濯の仕方、そんな家事の基本中の基本を教えた。そう、今度はこちらが教える側、生活アドバイザーになったのだ。
そして――
やがて、私たちは結婚し、破れ鍋に綴じ蓋夫婦になった。
作品名:ショートショート集 『心の喫茶室』 作家名:鏡湖