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ショートショート集 『心の喫茶室』

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ー5ー レンタル


「そう言われてもね〜」
「頼むよ、オヤジさん。俺は大切にしてきたんだぜ。タバコは吸わないし、酒も付き合いでほどほどに。毎日のウォーキングだって雨の日以外は欠かさなかったよ。健康診断だって毎年受けていた。
 それなのにだよ、それなのになんで四十そこそこでガンになんかならなきゃならないんだ! おかしいだろう?」
「だから、そう言われても……。そもそも肉体は限られているわけで、多くの魂たちが順番を待っているんですよ」
「それはわかっているよ。だからこそ、やっと手に入れたこの体で、長生きしたいんだ」
「今は、ガンと言っても治る時代でしょう? がんばってくださいよ、とにかくお取替えはできません。最初にご納得をいただきサインもしてもらいましたよね?」
「それはそうだけど、そこをなんとか頼むよ」
「だいたい、どうしてこの場所がわかったんですか? 人間として生まれたら記憶から削除されたはずなのに」
「それが不思議なんだよ。ガンだと言われたショックで、突然ここのことを思いだしたんだ」
「とにかく、私ができることは、ここの記憶を消すことだけです。どうぞお引き取り下さい」
 

 不思議な夢だった。
 体は借り物? まあ、たしかにそうかもしれない。この世にいるためには不可欠なもので、いずれは天に返すのだろう。
 でも、夢の中で私は男だった。なぜだろう? それは、日頃から容姿の重要性が薄い男という立場を羨んでいるからかもしれない。
 私は、お世辞にも綺麗だと言われたことはない。スタイルだって最悪に近い。
 歌の文句じゃないけれど、性格さえよければいい、そんなのウソだと思いませんか〜だ。親は、私が健康に生まれたことに満足だと言っていたが、冗談じゃない! 年頃になった私の心はボロボロだった。そんな青春時代の葛藤の先で待っていたのが、四十そこそこのガンだなんて……。
 
 でももしも、もしも……多くの魂が順番を待っているとしたら――
 ばかな! 夢の中の話じゃないか!
 いや、でももし、やっと手に入れた貴重な体だとしたら、最後まで大切に使わなければきっと後悔する。それに次の順番なんていつ来るかわからない。いや、もう来ないかもしれない……。
 
 
 それから二十年。私は無事還暦を迎えた。辛い治療に耐え、苦しいリハビリを乗り越え今日に至ったのだ。順番を待っている魂たちがいるとしたら、彼らには申し訳ないが、私はまだ、この体を返却する気はない。大切に大切に使い切ると決めたのだから。