L K 3 「フェニックス」
第一話 開戦の日
ここはアリゾナ州フェニックス。私はスコッツデール通りにある、世界的半導体企業インフォン社のPTC(プロセス・テクノロジー・センター)で働いてた。結構な高給でいい職場なの。
私は毎日コンピューター相手に仕事をする。人とのコミュニケーションはハッキリ言って苦手だわ。皆が私のことオタクって思ってる。・・・実際そうなんだけど。ランチも一人だし、コーヒーブレイクもしない。て言うか、コーヒー飲むとお腹痛くなっちゃうの。でもコーラは最強ね。眠くなっても糖分で頭が冴えるし、炭酸の刺激で目も覚める。でもお腹周りのプニュプニュは気になってるわ。運動も少しくらいしないと、とは思ってる。
ある日の午後、プログラミングの仕事中に、私のPCがフリーズしてしまった。まあ、そんなことぐらいよく起こるのよ。でもその時はいつもと様子が違っていた。オフィスのPCすべてが固まって操作不能に。同僚達も皆、お手上げ状態だ。管理システムのマザー・サーバーに問いかけても、返答はなかった。この時点で、厄介なことが起こっていると解かっていたわ。
やがて照明も消えた。送電所も被害に遭っているのかもしれない。このビルのバックアップ電源は、自家発電で自動復帰するようプログラムしたのは私なのに、うまく機能していない。皆がチラチラとこっちを見る視線が痛いわ。でも誰かが手動で自家発電を開始してくれたみたい。暫くして明かりが戻った。でもテレビを点けても、コンテンツ配信出来ている局はひとつもない。どうやら広範囲に渡って、すべてのコンピューターがダウンしたようね。
「リズ(エリザベスの愛称)。君の電話は使えるか?」
マネージャー(上司)のケニー・ライアンが苛立ちながら私に訊いている。私はハンドバッグに入れていた自分のパーソナルデバイスを確認したけど、受信状況どころか、どういう訳か電源さえ入れられなかった。
私は首を振ると、ケニーは眉間にしわを寄せ、机の上に腰掛けて、私のデバイスの画面を覗き込んだ。そして、慌しく動き回る同僚達を見ながら、
「一体、何が起こったって言うんだ」
「トラブルはどの範囲まで広がっているのかしら?」
「窓から外も見ても、動いているビークル(車両)など1台もなかった。すべて止まってしまっているようだ」
★ゴオオォォォォォォォォォオオオオオオオオオ・・・!!!
突然の轟音が響き渡り、ケニーの肩越しの窓に、上空から航空機が落ちてくるのが見えた。
「え? 大変!」
その飛行機は、このオフィスビルの数ブロック先にある、高層ビルに激突して炎上した。その熱は顔の表面にまで伝わって来た。他にも街の数箇所から、煙が上がっているのが見える。私はこの状況を見て、何をすべきか分からなくなった。ただ怖いと思った。
「みんな、聞いてくれ。非常事態だ。全員自宅へ帰り、事態の収拾を待とう」
ケニーは机から立ち上がり、大声で言った。
「でも何をすれば? 連絡を取る手段がないぞ。それに外の気温は100度F(約40℃)だ」
「このビルのエアコンもいつまで動いているかわからないわよ」
「俺は家族が心配だ。すぐに帰らせてくれ」
「私は家が遠いの。歩いてなんかじゃ帰れないわ」
皆が不安を口にすると、ケニーは少し考えて、
「家族の安否を確認すること。自分の身を守ること。それを第一優先に。どう行動するかは各自の判断に任せる。このオフィスの備蓄食料は50人で2週間分用意されている。必要なら水と一緒に持ち出して構わない」
私の家族はオレゴン州にいるおばあちゃんだけ。でもここからは1,200マイル(約2,000キロメートル)離れている。こんな状況で連絡をとる手段なんてない。砂漠を歩いて行くなんて無理に決まっているもん。暫く他の同僚達の動向を見ていたけど、ほとんどは帰宅することにしたみたい。
「リズ。君はどうするんだ?」
ケニーは自分のビジネスリュックに非常食を詰めながら、帰り支度をしている。
「私は・・・(どうするべきか)」
「途中まで一緒に帰ろう」
「私は家に帰っても誰もいないから」
「じゃ、うちに来てもいい。僕の両親も大勢のほうが安心するだろう」
「ありがとうケニー、でもそういうわけには・・・」
私に対するケニーの好意には気付いていたけど、まだ両親に紹介されるような仲ではない。
「隣近所の皆のことも気になるから、やっぱり家に帰ることにするわ」
ケニーは非常食の袋と水を手渡して、私の肘を掴むと、素早くオフィスから連れ出した。
「モーター始動」
ケニーは自分のバイクに、音声コマンドを試してみた。でも、それはウンともスンとも言わない。イモビライザー・キーでカバーを開けて、イグニッションスイッチを押してみたけど、やはり動かなかった。交通管制サーバーと通信できてないんじゃ仕方ないわ。
「再プログラムできないかな?」
「簡単なことだけど、PCが使えないと無理よ」
エアートレインも動いていなさそう。ステーションから出てくる人もいれば、駆け込む人もいる。誰もまだ正確な情報がつかめていないってことかしら。
街中パニックになっているわ。でも暴動や略奪が起こっているわけじゃないけど、皆困惑して急ぎ早にすれ違っていく。
ケニーは帰宅するのを諦めた。彼の家は街外れの荒野の向こう。この暑さじゃバイクがないと、たどり着くのは不可能に思うから。
それから約30分間、ケニーは私と一緒に歩いて、街の様子を観察しつつ、途中まで送ってくれた。そして彼は別れ際に、初めて私にキスをした。左の頬に強く。まだそんな気はないって思うのに、私はその時、ハグで応えた。社に戻る彼の後姿を見送りながら、とてつもない不安感に襲われ、一刻も早く家に着きたいと願って、走り出したい気分だわ。でもこの照り付ける太陽から隠れて、日陰で休みながら、ゆっくりと家に向かって歩いた。
郊外の人々は落ち着いてるみたいで、家に近付くにつれ、日常と何ら変わりがないように思えてきた。公園の池でタンクに水を汲む大人達のそばで、子供達が無邪気に遊んでいる。
夕焼けがかかる頃、私は家にたどり着いた。隣家のクラーク夫人は、庭の草に水を撒こうとしているようだけど、水道が出ないみたいね。
「おばさん。大丈夫だった?」
「リズ。まったく、どうしちゃったんだろうね。会社もお休みになっちゃたのかい?」
「ええ。もう何もできなくて。何か情報はない?」
「電気が止まっちゃってるから、何も判らないままよ」
「水も出ないんでしょ?」
「この水は井戸水だから心配ないわ。でもポンプが動かないんじゃねぇ」
家に入ろうとしたけど、ドアのロックも開かないじゃない。私は仕方なく、窓を割って中に入った。不用心だけど、この暑さでエアコンが使えないと、どうせ窓は開けっぱだしね。
作品名:L K 3 「フェニックス」 作家名:亨利(ヘンリー)



