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新選組異聞 疾風の如く

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 刺すような視線の中、彼らは真っ直ぐ前を見て歩いていく。更に彼らの評価を下げる事件が起きるのは、この後の事である。
 
       (二)

 この日、巡察に出ていた永倉新八と、藤堂平助は自分たちへの町の目がいつもに増して厳しい事に気がついた。歓迎されてはいない事はわかっていたが、それとは明らかに違う。
「なぁ、新八さん。俺たち何か悪い事したか?」
「酔って喚き散らかした事か」
「誰が?」
「……お前な……、昨夜飲み屋で何言ったか覚えてないのか?」
「いやぁあ、まったく。で、何を言ったんだ? 俺」
 耳元で言われた言葉に、藤堂の顔が青ざめていく。
「覚悟しろよ、平助。町の噂は、あの人の耳に入ってるぞ。第一、朝飯が減らされただけでよくもまあ、あれだけ悪口が言えたなぁ」
「……し、新八さん、今日は遠回りして――、げっ!」
 八木邸を前にした藤堂平助は、固まってしまった。その悪口の原因のなった男が、門前にいたからだ。
「――ご苦労だったな。永倉、藤堂」
「何か――、ありましたか? 土方さん」
 殺気すら漂わせている歳三だったが、「いや……」と短く答え、出ていく。

「♪か〜ごめ〜かごめ〜籠のなかのとり〜は♪」
 空が茜色に染まる壬生寺境内――、子供たちが輪になって『かごめかごめ』を歌っている。
「♪後ろのしょ〜めん、だぁ〜れ♪」
「あー、次はお兄ちゃんが鬼や」
 子供に促され、総司が輪の中心に行こうとした時、木の下にいる人物に気づく
「誰? えろう怖そうな人やなぁ。ほんまの鬼みたいや」
(鬼……ね。今日は一段と怖いな)
 木の幹に凭れ腕を組んでいる男に、総司はいつものように近づく事を躊躇った。
「土方さん」
「……思った通りだぜ」
「はい?」
「あの野郎、やらかしやがった」
「あのー、話が見えないんですけど」
「大和屋に火をつけやがったんだよ……! 芹沢は」
 さすがの総司も、笑みが消えた。
 芹沢が起こしたこの事件は、浪士組への新たな噂となって広まっていた。
「――ったく、物騒になったもんや」
「大和屋はんに、火ぃ付けたそうや。壬生浪の仕業やというで。ほんま、恐ろし事するもんや」
 四条通の蕎麦屋――、客たちの噂話に席に着いた青年が苦笑する。
「お越しやす」
 蕎麦屋の女中が、さっそく注文を聞きに傍に来る。 
「蕎麦お願い」
「そちらはんも、蕎麦でよろしおすか?」
「……ああ」
「お侍はん、関東のお人どすか?」
「そうだけど」
「壬生の……?」
 かちゃんっ――。
 皿の割れる音と同時に、噂話がやみ客の視線が集まる。
「誰かさんのお陰で怖がらせているようですねぇ」
「……」
「土方さんの事じゃありまんよ。あ〜あ、井上さんお手製の千枚漬け楽しみにしてたのになぁ。できたら真っ先に味見させてくれると約束したんですけどね」
「源さんの多趣味にも呆れるが、お前は食い物の心配か?」
「朝餉で誰かさんの沢庵取ったら、酷い目に会いましたからね。大人気ないというか……」
「沢庵ぐらいで、根に持つんじゃねぇ」
「沢庵ぐらいといいますけど、それで道場の床掃除を命じたのは何処の誰でしたっけ?」
 歳三は、沢庵好きである。小野路村(現・東京都町田市)の橋本道助宅の沢庵がたいそう美味しく、樽ごと貰って担いで帰ったという話があるほとだ。
 蕎麦屋の女中が奥に消えるのを見て、総司が漸く口を開いた歳三の話に耳を傾き始めた。
 大和屋は、京都葭屋町一条下に店を構える生糸商である
 主人の庄兵衛は、生糸、反物、縮緬などを扱う商人だったが、この大和屋が、尊王攘夷派の天誅組に多額の軍資金を提供したという情報が、壬生浪士局長・芹沢鴨の耳に入った。脅されてのこととはいうが、倒幕をもくろむ天誅組に献金するとはけしからんと、さっそく芹沢は五、六人の部下を引き連れて大和屋におもむいた。
「ちゃんと、働いているじゃありませんか」
 総司は湯呑みを置き、運ばれてきた蕎麦に箸を入れ始める。
「問題はその後だ」
 大和屋に対して芹沢は、壬生浪士への活動資金の借用を申し入れた。天誅組に出せるのなら壬生浪士にも出せるだろうということだったが、大和屋は主人の不在を理由に金談を断った。
「やっている事が、脅した天誅組と変わりませんね」
「奴らよりもっとタチが悪い」 
 天誅組とは、幕末に公卿中山忠光を主将に志士達で構成された尊皇攘夷派の武装集団の事である。後に大和国で挙兵するが、幕府軍の追討を受けて壊滅する事になる。 午前零時ごろ、芹沢らによる焼き討ちが始まった。隊士たちはみな抜刀して大和屋の土蔵を取り囲む。そして、藁束や板切れに火をつけて土蔵を燃やし始めた。
 出火を知って火消しが駆けつけ、消火にあたろうとするが、壬生浪士たちが刀を振りまわして脅すので近寄ることができない。その様を、芹沢は屋根の上に上り、愉快そうに笑って見ていたという。
 結局、焼き討ちは十三日の夕刻まで続けられ、大和屋の建物はほぼ全焼した。悪くすれば、京の都を火の海にしかねない騒動である。
 話を聞いていた総司は、さすがに食べかけの蕎麦から箸を置いた。やらかした、どころの騒ぎではなかった。
 この件に際し、困惑したのは松平容保である。
 よりにもよって守護職を務めるこの京で、預かりとした浪士組が騒ぎを起こした。京の都を火の海にしかねなかったこの騒動は、朝廷をも巻き込む事になる恐れがある。
 おかげで、町の壬生浪士組への評判は最悪だ。
「お客はん……、お帰りどすか?」
 怖々と声を掛ける蕎麦屋の女中に、立ち上がった歳三は黙ったまま入り口を向かう。
「−−あげな(あんな)モンが、ぎょーさんいてるさかい、この町は物騒になったんや」
 客の一人が放った言葉に足を一瞬止めた歳三だが、彼は振り返ることなく暖簾を潜った。

              (三)

 鴨川を見下ろす飯屋の二階で、坂本龍馬は空を見ていた。
「どないしはりました? 坂本はん」
 酒の肴を運んできた女将が、いつもは陽気な男が無言で空をみているのが気になった。
「……嫌な風が吹いちょるがよ」
「風など、吹いておらしまへんえ」
「わしには見えるがよ」
 可笑しな事を云う男だなと、女将は首を傾げる。
「龍馬、どうした?」
 龍馬と部屋にいた中岡慎太郎もまた、龍馬の様子に気がついた。中岡慎太郎は、龍馬と同じ土佐出身浪士だ。
「この京に、人が集まり過ぎちょる」
「そりゃあ、都じゃからの」
「そういう意味じゃないっちゃ。中岡さん、これは喧嘩どころの騒ぎじゃなくなるぜよ。今に、こん都が戦になるがよ」
「おい……、龍馬」
「それだけは、あっちゃぁならん」
 だが、そんな龍馬の危惧を他所に、事態は熱を増していくのである。
 龍馬の言う通り京の町には、様々な人間が目的を持って集まってくる。この青年もそんな一人だ。本当は浪士組募集に参加する筈であったが母に「そんな危ないところ行くのでない」と窘められ一度は断念したが、諦められなかった彼は家を飛び出していた。飛び出したのはいいが、何度道を曲がっても同じ通りに出る。