新選組異聞 疾風の如く
「どうしよう……、もしかして迷子になってる?」
漸くそれに気づいて、とりあえず腹を満たそうと目の前の飯屋を目指す。橋の途中、浪士二人とすれ違った彼は、その一人に呼び止められる。
「おい……小僧」
「はい?」
「はい? じゃねぇ。武士の魂に触れたな……」
「ぶつかったのは貴方方でしょう。それに、僕は小僧ではなく、青江豹馬と云う名前です」
「いい度胸をしているじゃねぇか? 小僧。金を出せ。そうしたら許してやる」
「そういうのを追い剥ぎと言うんです」
「てめぇっ!!」
怒った男は刀を振り下ろしてきた。だが、男は刀を振り上げたまま動かない。
男は「うっ……」と一言発して大きく崩れた。
「大丈夫ですか?」
緊迫の状態だったにも関わらず、青江豹馬を助けた者の声は明るい。浅葱色の羽織を羽織り、抜き身の刀は倒した男の血がついている、
「……あの……」
「危なかったですね」
「助けて頂き有り難うございます!」
「君−−、私が来なかったら死んでいたよ。腰のやつ、何の為さ。更に酷い方向音痴だ。ま、見てて楽しかったけど」
最初からすべて見られ恥ずかしくなったのか、それを聞いた途端、豹馬は駆け出していた。
「大丈夫かなぁ……?」
「総司、片付いたか?」
「土方さん。ええ、何とか」
足下で絶命している男をチラリと見て、総司は刀を鞘に戻した。
「それにしゃあ、遅かったな? 手間取る相手じゃねぇだろう」
「面白うな人材を発見しちゃいまして」
「――却下だ」
「まだ、何も話してませんよ」
「お前の『面白そう』は、ろくな事がねぇ」
「酷いなぁ。ほらまた、また目が据わってますよ。土方さん。健康によくないですよ、夜更かしは」
「うるせぇ! てめぇは、覗きの趣味をいい加減やめやがれ!」
歳三は、怒ると、口が悪くなるようだ。
「趣味ではなく、興味です」
「どうでもいい!」
「よくありませんよ。まだこっちでは五度、発句集を覗いただけーーー、痛……!」
頭部に振り下ろされた拳までは、さすがの総司も防げななかった。
「殴る事はないじゃないですか!」
「殴られただけマシだ。それともその口、縫ってやるが?」
「本当に冗談通じないんだから、土方さんは」
その夜、歳三は部屋に籠もった。
「おい、総司」
「何です? 藤堂さん」
「土方さんは、例のアレか?」
「ええ、またお籠もりですよ。とても怖い顔をしてましたよ」
「そ、そうか……」
「平助……、今度は何をやったんだ?」
「何もしてねぇよ! お前じゃあるまいし」
「何だと? 云ってくれるじゃねぇか」
「やめろ。平助、サノ。お前らのくだらん喧嘩にみんなを巻き込むな」
「しかし、斉藤くん。今度の『お籠もり』は、随分長いようだ」
山南の発言の後、総司が明るい口調で戦々恐々の彼らに爆弾を落とした。
「土方さんのそういう時って、とても怖い事を考えている時なんですよね」
そして――、朝餉を取っていた近藤勇の部屋に来るなり、歳三云う。
「出来たぜ。近藤さん」、と。
※※※
「何が始まるんだ? 一さん」
「さぁ、私は何も聞いてはいないが?」
「とにかく、みんなを集めろと土方さんの命令だ」
『試衛館』時代からの原田、永倉、藤堂、井上に山南、斉藤一が八木邸広間に呼ばれたのは、朝稽古の後であった。他に京に残った者、芹沢鴨をはじめとした芹沢派もいた。
「諸君! 江戸を経ち、我々は壬生浪士組と相成った。そこで組の編成と、規律を作った。異論ある者は?」
「近藤くん、我らに異論はない。始めたまえ」
「ありがとうございます、芹沢先生」
壁に広げれていく紙の文字を、それぞれが目で追っていく。
【組織編成】
局長――、芹沢鴨。新見錦。近藤勇。
副長――、土方歳三。山南敬助。
副長助勤――、一番組組長 ?沖田総司。
二番組組長 ?永倉新八
三番組組長 ?斎藤一
四番組組長 ?松原忠司
五番組組長 ?武田観柳斎
六番組組長 ?井上源三郎
七番組組長 ?谷三十郎
八番組組長 ?藤堂平助
九番組組長 ?鈴木三樹三郎
十番組組長 ?原田左之助
「なるほどねぇ……」
「しかし、局長が三人とは……」
「最後は、規律か」
【局中法度】
一.局を脱するを許さず
二.勝手に金策いたすべからず
三.勝手に訴訟取り扱うべからず
四.私の闘争を許さず
「……え」
最後の文に、集められた者たちは衝撃を受けた。
――右の条々あい背き候者は切腹申しつくべき候なり。
「いやぁ、実に見事!! 大いに気に入ったよ! ふっ、あははは」
芹沢は笑う。だが、彼はは気づかなかった。その背に向けられる鋭い視線を。
作品名:新選組異聞 疾風の如く 作家名:斑鳩陽菜