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新選組異聞 疾風の如く

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「いや……、お前といると退屈しねぇと……」
 笑いを抑えるのが必死だった勇は、ついに吹き出した。
「じゃあさっそく、あんたに動いてもらうか? 近藤さん」
「あ?」
「俺は、あの野郎に頭を下げるあんたを二度と見たくねぇが、場合による。この京には、幕府の重職に就いている大名がいるだろ」
「会津藩の松平容保公か――? ちょっと待て、歳。相手は大名だぞ」
「その大名の殿様が京都守護職に就いている。今やこの町は、攘夷派ばかりじゃねぇ。不逞浪士も闊歩してやがる。さぞ、頭が痛てぇだろうな」
「なるほど、容保公に掛け合って、その始末をやらせろと?」
「さすがだ、近藤さん。俺たちが京にいる大義名分がつく。この策に、芹沢は飛びつくだろうぜ」
 歳三は、悪戯をする子供のようにニヤリと笑った。
その会津藩主・松平容保は、京都守護職の本陣を、黒谷金戒光明寺に置いていた。
 歳三の睨んだとおり、容保は京の町を闊歩する浪士たちの取り締まりに悩んでいた。
(今宵は、いい句が詠めそうだ)
 歳三は空を見上げそんなことを思う。
 芹沢鴨を伴って松平容保に対面した彼らは、京の治安を手伝いたいと述べた。直接口にしたのは芹沢だったが、その芹沢に策を伝えたのは近藤勇である。
 ――芹沢先生ならば、容保公も使用なさるでございましょう。ここは是非、芹沢先生のお力で容保公に便宜を図って頂きたい。
 気を良くした芹沢は、直ぐに動いた。まさに歳三の言う通り、豚も煽てれば、である。
「あい、理解った。その方らを、会津が預かろう」
 京都守護職・松平容保は、彼らの要求を受け入れた。『会津藩御預かり』と、なったのである。
「――人を乗せるのが、お上手ですねぇ」
 トントンと廊下を歩いてきた人物に、歳三は「ふん」と鼻を鳴らした。
「あの芹沢さんをその気にさせたじゃありませんか」
「芹沢を動かしたのは、近藤さんだ」
「その近藤さんの背を押したのは、土方さんでしょう? 確かに、土方さんでは芹沢さんは乗せられませんね」
「俺には、口がまがるような言葉は、はけねぇ」
「でも近藤さんの背を押し、芹沢さんをその気にさせたのは土方さんです。でも、調子に乗らないといいんですけど。あの人」
 それから間もなく、八木邸の門に看板が取り付けられた。――会津藩お預り壬生浪士組、と。壬生浪士組の正式な誕生である。
「近藤くん、組の編成の件だが――」
「何か? 芹沢先生」
「もちろん、局長は某でよいな」
「芹沢先生」
「何かね? 土方くん」
「局長には、うちの近藤も加えて頂きたい」
「お、おい。歳」
「――構わんが」
『尽忠報国之志芹沢鴨』と書いた鉄扇で自身の首筋を叩きながら、侮蔑の笑みを浮かべる。尽忠報国とは、忠節を尽くし、国から受けた恩に報いることをいう。
「歳、何でお前が局長を名乗らねぇ」
「俺は裏方でいいのさ」
「近藤さん、とても嫌ーな予感がしてきましたよ」
「俺もだ、総司……」
 だが、ついに歳三は目的が出来た。自分の力を思う存分発揮出来る目的が。
 
(三)

「まずは、隊士集めだな」
 近藤が、一服茶を啜ってから切り出す。
「その前に、片付けておかなきゃならねぇ」
「歳?」
 会津藩お預りとなっても、問題は山積している。第一の問題は金である。浪士組の彼らは殆ど粗末で質素な着物を着ている。その現状を訴えて欲しいと、近藤は芹沢の部屋を訪ねた。
「芹沢先生、よろしいでしょうか?」
「……何のようだね? 近藤くん」
 明らかに、招かざる客と云う顔の芹沢である。
「近藤くん、芹沢先生はお忙しいのだ」
「是非、芹沢先生のお力をお借りしたく」
「ふん、今度は何だ」
 芹沢は脇息に凭れながら、露骨に嫌そうな顔をしたが近藤は普段と変わらない態度で芹沢に接した。
「会津藩お預りである我らが、かような有様ではいい笑い者、当然我らにも藩士の方々同様、金子が下りるよう芹沢先生から容保公にお願いしたい」
「近藤くん、どうして君のような男を、あの土方と云う男が局長に推したのかわからんな。なぁ? 新見」
「所詮は芋道場の輩です」
 近藤は、苦笑いをしている。この場に、歳三がいなくてよかったと思いながら。
「わかった。話はしてみよう。これから、島原に行くが来るかね?」
「いえ、私だととても。所詮は芋道場の者ですので」
 きっちりと、嫌みを返す近藤であった。
 その歳三は、刀屋にいた。
 選んだのは、黒鞘の一尺八寸の一振り。
「さすがは御武家様、お目が高うていらはりますなぁ。それは会津名刀匠、十一代の和泉守兼定でおます。少し前に、長曾祢虎徹《ながそねこてつ》、菊一文字則宗《きくいちもんじのりむね》もございましたが」
「知っている」
 何故ならその二降りは、近藤と総司が持っているからだ。代金は、義兄・彦五郎から渡された金子で支払い、歳三は今までの刀を抜いて和泉守兼定を袴の帯に差した。
 義兄に金子の礼状を認めようと文机に向かった頃には、既に日が暮れ始めていた。

  ※※※
 
「芹沢センセ、今日は払おうてください」
 花街・島原の通りを取り巻きと馴染みの芸妓・藤菊を連れて歩いていた芹沢は、呉服屋の使いを前に嫌な顔をした。
「……こんな所まで来おって、帰れ!」 
「いいえ、帰れまへん。この間のお代を貰《もろ》うて帰らなぁ」
「ない袖は触れん。そなた、お上の御用につく我らを何と思うているのだ?」
「まぁ、芹沢センセ。機嫌を直しておくれやす。ここは島原、楽しむ所でおます」
 連れの芸妓に宥められ、刀に手を伸ばしかけた芹沢は声を張った。
「飲み直しだ! 朝まで付き合え! 藤菊」
「かましまへんえ。他の妓《こ》らも誘ってよろしおすか?」
「ああ、来い! 来い!」
「聞いての通りや。さすがは芹沢センセ、器の大きい男はんどすなぁ」
 持ち上げられた芹沢は、すっかり上機嫌である。
 遊ぶ金はあっても、借金を払う金はない。何をされるかわからないとそれ以上いえない商人は、結局泣き寝入りになるのである。
 島原と壬生浪士組の屯所は離れていたが、芹沢の噂は悪いほど屯所に届く。
「聞きましたか? 芹沢先生の噂は最悪ですよ」
 歳三の部屋には、総司と山南敬助がいた。
「いいんですか?」
「今に、ボロを出すさ」
 山南の問いに、文机に向かっていた歳三は、里への便りである文の上で、ぐっと筆に力を入れる。お陰で、字が太くなってしまった。
「珍しいですね。いつもなら、あの野郎って筆をへし折っている土方さんが」
「そう言えば、隊服が出来たそうですよ」
「よく、お金ありましね。もしかしたら……」
「その、もしかしたらだよ。総司」
 傍若無人と言う言葉は、芹沢の為にあるのかも知れない。要は、また商家に因縁を付けては隊服を作らせたのだ。壬生浪士組の隊服は、あの有名な袖に白いだんだら模様を染めた浅葱色の羽織である。
 だが、目立つその姿は京の人々の注目を集め、決していい評価はされない。
「壬生浪や! あんなぎょうさん(あんなにたくさん)来て、この都はどないなるんやろう(どうなるのだろう)」
「この間も、人が斬られたそうやで。全く、けったい(変)な世の中になったもんや」