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新選組異聞 疾風の如く

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第三章 壬生浪士組見参!


   (一)
 元治元年――京。
 月明かりの中、「逃がすな!」と云う声と共に数人の男たちが駆ける。揃いの浅葱色の羽織に鉢金、抜き身の刀を手に彼らは前を行く人影を追った。
「うわぁ……っ」
 辻道を駆け、角を曲がった逃走人の一人に、振り下ろされた刀が胴を払う。ビシャと鮮血が壁に散り、仲間を斬られ残った一人が斬った男を見上げた。
 月を背後にした男は、冷ややかだ。総髪に束ねた髪が風に靡き、男の愛刀『和泉守兼定』の刀身がキラリと光った。
「覚悟するんだな」
「く……っ。おのれ……!!
 刀を抜こうとしたその手が止まる。信じられないと見開かれた男の目は、自身の体に起きた事を知る。背中の激痛と、見る見ると赤く染まっていく体に。
「ぐぁは……っ」
 血を吐き、崩れる男の体から武器を抜いて追っ手の一人である原田左之助は笑う。
「あ〜あ、もう終わり? せっかくの自慢の槍を披露してやろうっていうのによぉ
「抜け駆けは狡いぞ! サノ」
「お前たちの足が遅いからだ」
「副長、とりあえず、捕えたものを入れて全て終わりました」
「サノ(左之助)、片付けておけ」
 刀を鞘に収め、副長と呼ばれた男は原田左之助に命じる。
「え〜、俺がですか?」
「このまま、死体を放置しておく訳にもいかんだろう」
「そりゃそうだけどよぉ。斉藤さん」
 仕留めたのは俺だぜ? と言う原田の顔に、周りにいた永倉新八、沖田総司、斉藤一の全員が、すっと視線を逸らす。とどめは、この男の冷たい声だ。
「何か――、不服か?」 
「…… や、やりますって! お前ら、狡いぞ!」
 原田左之助は明るい性格だが、槍を手にすれば宝蔵院流槍流の免許皆伝にして、槍の名手である。
「行くぞ! 総司」
「はい、土方さん」
「ひぇー、怖ったぜ。土方さん、まさに鬼だぜ」
「怖くなっちまったのか? サノ」
「いや、ただこれから先、何人あの人は手を血で染めねぇといけないんだろうな?」
「それは、俺たちだって同じだぜ」
「俺が言いたいのはそうじゃねぇ。脱走が切腹だって言うのは、あの人が決めた事だ。俺も出来れば、この間まで仲間だった奴を斬りたくねぇ。だがよ、平助。土方さんは、その命令を下すしかねぇ。この『新選組』を維持する為に、あの人は鬼になる事を選んだ。近藤さんには、情に脆いところがあるからな」
「辛れぇ、役回りだな」
「それでも、俺たちはついて行くしかねぇ。近藤さんや土方さんを信じて」
 彼らは、その背を見つめながら己の意志を確認する。
 動乱の京の都――、不逞浪士と攘夷を叫ぶ過激派浪士を捕縛し逆らえば斬る、鬼の人斬り集団と言われる新選組。敢えて鬼の仮面を被った男の背は、何も語らない。
 脱走は切腹――、非情の掟を作り上げその命令を下す事に迷う事は許されない。それが例え――、つい先ほどまで同志であった者にであっても。そうあの時――、住み慣れた江戸を離れ京の都に着いた一年前のあの時。彼らは、走り出した。振り返ることも立ち止まることも許されぬと自身にいいかせて。
                       ※※※

 ちゅん……。
 屋根の上で鳴く雀が一羽、今日も穹は青い。
「う〜ん、いい天気」
 縁側に出た青年は、思いっきり背筋を伸ばした。
「おや、早いね。総司」
「井上さんも、早いですね」
 壬生村・八木邸。腕を組みながら、井上源三郎が庭から歩いてくる。
「まだ、こっちの環境に慣れない所為かな。みんなはまだ、寝てるのかい?」
「あの人は起きていましたよ。朝から怖い顔をしてましたから」
「はは……、土方くんだね」
「理解らなくもないんですけどね」
 文久三年――、清河八郎によって募られた浪士組は、江戸を経ち無事入京していた。だが、蓋を開けてみれば、警護する筈の将軍・家茂は幕府の思惑によって江戸に戻り、肝心の清河はとんでもない事を言い放った。
 
「我々の目的は将軍警護に非ず。帝を奉じ攘夷を決行する為である!」
 
 これではなんの為に、京まで来たのか。守るべき将軍はもうこの都にはいない。浪士組に京に留まる意味はない。江戸に戻れと云う幕府に清河と大半の者は従った。清河の幕府を利用すると云う計画までは成功したが、攘夷断行の言動が幕府を刺激した。その後、清河はこの年江戸で暗殺されることになる。そんな浪士組の中で、残留を述べた者がいた。『試衛館』の面々と、『芹沢派』と呼ばれる浪士たち、他数十名である。壬生村の八木邸と前川邸に滞在しているが、問題はその後だ。
「冗談じゃねぇ……」
「歳、どうする? このままじゃ俺たちは、上から見れば世を騒がす連中扱いされかねねぇ」
 建前は、都を護る為にと八木家、前川家に押し寄せたが当主は今も困惑している。しかも幕府から正式に許された訳ではない。
「近藤さん、落ち着け。見ろよ。芹沢の野郎、また酔ってやがる。朝帰りとは、いい身分だぜ」
 縁側からは、泥酔状態のその男――芹沢鴨が見えた。歳三が聞いた話では、最近は島原で豪遊しているという。
「おい……、聞こえるぞ」
「聞こえねぇよ。ま、あんな野郎でも使えねぇ事はない。豚も煽てられりゃぁ、何とやらだ」
「豚……ねぇ」
 豚扱いされているとは知らない芹沢は、高いびきをかいて寝始めた。
 芹沢鴨は水戸藩上席郷士の出で、酔うと手が付けられない事が多々ある。京に来るまでにも芹沢の行動は、歳三の決して長くはない怒りの導火線に火をつけた。
 
「これは、いったい、どう言う事かね!? 近藤くん」
 本庄宿に着いた浪士組一行だが、近藤勇は芹沢鴨の部屋を取るのを忘れたのだ。
「誠に申し訳ございません、芹沢先生」
 土下座をする近藤の姿に、歳三は飛び出しかけたが耐えた。事を更に大きくすると思ったからだ。だが、芹沢の方が事を荒立てた。
「君は、宿割役であろう? 芹沢先生に野宿しろと言われるか?」
「まぁまあ、新見。よいではないか。寒ければこうすればよい」
 そう言った芹沢は「やれ」と顎で取り巻きたちに指示し、本庄宿の通りで、火を焚いた。民家に火の粉が舞い火事になるのではと危惧するほどの炎を前に、芹沢は笑っていた。
「さぁ! もっと燃やせ! 近藤くんたちもどうだね? ふ、あははは!」
「芹沢の野郎……っ!」
「やめるんだ、歳」
「何故、あんな野郎にあんたが頭を下げなきゃならねぇ。俺は、それが一番腹立たしいんだよ……!」
 歳三は、あの時決めたのだ。必ず近藤を一番上に上げてみせると。二度と、芹沢のような男に土下座などさせてたまるかと。
 散々やらかした男は、入京するなりまたもさっそくやらかした。
「我々は将軍護衛の為、この京に参った。それが何だと? 金が出せんだと?」
 突然現れた男に凄まれた豪商は、たまったものではない。しかも『将軍警護』の名前を出されては役人に訴える事も出来ない。その後始末をしていたのは、近藤勇である。押し込んだ商家に詫びながら片や芹沢を宥め、これからも続くであろう彼らとの生活に頭を抱えている。その芹沢を『豚』と例えたのだ、この男は。
「何だよ、近藤さん。何か可笑しな事を言ったか?」