銀行強盗のしかた教えます
04
「ちぇっ、ひどいコーヒーだな。いつもこんなの飲んでんですか?」
《会議室》とドアの札に書かれているが、つまり行員の休憩部屋だ。刑事が入ってきて最初にしたのは、隅のコーヒーマシンを使うことだった。誰も逆らうことのできない人の好みに合わせてある。
カップを手に椅子に座って、刑事は「待たせてすみませんね」と言った。
「ビデオを見ていたものですから」
彼女は言う。「わかっています」
「で、早速質問ですが、映像を見ると、あなたはあのとき彼らと言葉を交わしていますね」
「あれは〈言葉〉などというものではありません。『ボタンを押したのか』と聞くから、『押しました』と応えただけです」
「普通は首を振りそうなものだが」
「かもしれません。わたしもすぐ、その方がよかったと思いました」
「つい肯定してしまった?」
「そうです」
「ま、いいでしょう」コーヒーを飲んで、「しかし、なぜ、彼らはあなたに聞いたんでしょうね?」
「わたしが近くにいたからではありませんか」
「そのようにも見える」
「そうとしかたぶん見えないと思います」
「フフフ」笑った。「その通りだ」
「これは何かのテストですか?」
応えず、「質問を変えます。彼らは通報システムについてどうやら知識を得ていたようだ。ボタンを押されると警察に警報が行くけれども、ここでは別にベルが鳴るとかいうことはない。店の者だけわかるようにランプが光るだけのことでね。彼らはそれを知っていて、ひとりがずっと警戒していた」
「そのくらい、マンガででも見たんでしょう」
「かもね。時代は情報化だ」
「そんなことを言うのがとっくに時代遅れです」
「ぼくは時代遅れな男なんです。流行にはついていけない」
「素敵ですよ。いい男だし」
「それはどうも」
「刑事ドラマの主人公みたい」
「もう少し表現に頭を使ってほしい」
「わたしは早く終わらせてほしいわ」
「まだ奇妙に思うことがあるんです」
「そのコーヒーの味について?」
「そろそろ黙って聞いてほしいな。彼らは通報されたと知って逃げ出した。そりゃまたどういうことでしょう? 通報されるのがヤなんなら、最初から銀行なんか襲わなきゃいい」
「……」
「なんとか言ったらどうです」
「『黙ってろ』と言ったでしょ?」
気にせず、「彼らの行動は理屈に合わない。最初はイチャモンつける客を装って入ってきたようですね。通報を避ける作戦でしょう。考えたもんだ。悪い手じゃない。しかしこれは〈避ける〉と言うより、通報を遅らせる狙いのように思えるんです」
「何を言ってるかわかりません」
「結局、通報はされるんですよ。彼らがカネ奪って逃げた後でね。実はここ何ヵ月、同じ手口の銀行強盗が続いています。今度のやつで七回目」
「警察は一体何をしてるのかしら」
「税金を盗んでる。でもその合間に、ちょっとはやることもやっています。しかしどうもうまくいかない。その理由はいろいろあるが」
「聞くのに時間かかりそう」
「じゃあひとつだけ。彼らは出納機を狙います。スイトウキというのはええと」
「わたしから説明しましょうか?」
「その必要はなさそうだ。要するに、窓口から手っ取り早く何百万か掴んで逃げる。ただそれだけなんですね。ものの二分とかからない。通報受けて、最初の警官は五分で到着するかもしれない。でも百人集まるのには、百分間かかるんですよ」
「そんな光景を見たことがあります」
「そうだった。あなたは――」
「なんです?」
「いや」刑事は目を伏せた。またコーヒーを飲んでから、「とにかく、それで、彼らはこれまで成功している。はっきり言ってどんどん手際が良くなってます。通報ボタンを恐れる理由はないんですよ。押されようと押されまいと、違いはほんの二分かそこらなんだから。なのになぜ、今日は慌てて逃げ出したのか」
「これまでは、ボタンは押されなかったんですか?」
「押されなかった。通報は、犯人達が逃げた後です」
「初めてなんで面食らったんじゃないかしら」
「そのようにも見える」
「そうとしかたぶん見えないと思います」
「そんなバカなことあるもんか」
「わたしに言っても困ります」
「だいたいあなたはなんでボタンを押したんだ!」
「怖かったから」
「だから、しかし――」
「犯人に捕まってほしかったからです」
と彼女は言う。刑事は黙り込んでしまった。机に指をトントンやってる。そういう姿もいい男だ。
作品名:銀行強盗のしかた教えます 作家名:島田信之