銀行強盗のしかた教えます
「もう話は終わりですか?」
「待ってくれ」顔を上げた。「もう少しだけ付き合ってほしい」
「そうやって男にズルズル引きずられるバカな女に見えますか」
「正直なところ参ってるんだ。本当に厄介な点は別にあってね。それで苦労しっぱなしさ」
「弱いとこ見せて同情にすがろうとするのもダメ男みたい」
「頼むから話を聞いてよ。あなたの気の強いのはもう充分にわかったから」
「なんかあたしに馴れ馴れしくありません?」
ピシャリと言ってやろうとしたが、刑事のニヤニヤ笑いを見ると怒る気持ちが引っ込んでしまった。小さな妹かわいがってるお兄ちゃんみたいな笑顔だ。
刑事はそれを少し引き締め、「手を焼いてるのは銀行の方でね。ここの人間にしてもそうだ。オタオタしちゃいるけれど、なんにもわかっているわけじゃない。〈銀行〉という組織の力ってものを信じているんだな。しがみついてる限り悪いようにはならない。どころか、強盗どもに思い知らせてやれるんだと――そのうちに殺し屋雇って消す相談でも始めそうな勢いだ」
「たぶん前金を持ち逃げされて終わりだろうと思いますけど」
「あはははは。よくわかっていらっしゃる」
「どうしてそんな話をあたしにするんです?」
「あなたは強盗が怖いと言った。その分だけ他のやつらより利口ってことだ」
「強盗が怖くない人がこの世にいますか?」
「そこなんだ。酒場強盗なんかだと、被害者の口が重くなるのはむしろ普通のことなんだよな。『後で火なんか付けられちゃたまらねえ』と誰でも思う。ところがその辺、銀行員ってのは、ちょっとおめでたく出来てるみたいなんだよね。『後で仕返しされるかも』という考えをどうもしたことがないらしい。どうせみんな二年で転勤しちゃうんだからムショから出る頃この店にいない。強盗もそれがわかっているはずだから仕返しなんか来るわけがない――とでも思ってんのかな?」
「さあ」
「ちょっと違うみたいだ。じゃなんだ? やっぱり、『犯罪者は怖いもの』という考えがそもそもないのだとしか思えない。銀行強盗なんてやるのは実際、食うに困った近所のヨボヨボじいさんなんていうのが多いから、防犯もそれを想定しちまってる。だが本当の悪党は逆恨みで何をするかわからんものだ。娑婆に出るなりまっすぐやってくるかもしれん。火炎瓶投げ込まれたら人はたまったもんじゃないはずだがな」
「銀行には消火設備もありますからね」
「消火器がなんの役に立つ?」
笑って、「マジメに取らないで」
「マジメも悪くないぜ」
「イヤよ。銀行マンなんて」
「そうだな。マジメぶってるもんな。おれも制服着てた頃、銀行の強盗訓練に付き合わされたよ。あれを見たらマトモな女は『勘弁してくれ』と思うよな」
「笑えるでしょ」
「笑える」
「笑っちゃいけないんだけど」
「そうなんだ。しかしあれは笑えるぞ」
「そろそろまわりくどいのはやめて。一体何が言いたいの」
「支店長の身元が調べられるなら、誰の身元も調べられる」
「よくぞそこに気がつきました」
「気づくさ。誰でも。よっぽどのバカじゃない限り。それでどいつも泣き顔してる。あれもなかなか笑えるな」
「銀行マンはバッジをつけていますもの」
「エリートの証だ」
飲み干した使い捨てカップを屑入れに投げた。席を立つ。
「この犯人はゲームのつもりだ。銀行マンの泣き顔見て楽しんでる。カネはどうでもいいんだろう。実行犯はただの駒だ。ゲームを仕掛けている人間が他にいる」
「ゲームには対戦相手が要るわ」
「そうだ。受けて立ってやるさ。必ず……必ず……」
「何よ」
「おれが落としてやる」
刑事は言った。部屋を出ていく。
「まずいコーヒーだった」
「いつでもどうぞ」
仕事に戻る。例のマスコットガールがねえねえねえと近づいてきて、『あの刑事さんカッコいい。刑事ドラマの主人公みたい』と、目をハートにして言った。『本人はそう言われるの慣れてるみたい』と教えてあげた。『女子は業務を早く切り上げ今日は早く帰れ』と言われた。それでもかなり遅くなった。女子寮生には固まって帰り、自宅通勤者は家族に迎えに来てもらうよう念押して、彼女自身はタクシーに乗った。駅まで行って電車、降りてまたタクシー。アパートのすぐ近くでの降車は避けた。尾行がないのを見定めて、最後の数ブロックを早足で歩く。
襲われたのはその途中だ。風のように忍び寄られてまったく気がつかなかった。フワリとしたのを感じたらもう押さえ込まれていた。
「騒ぐな」
耳元で男の声がそう告げた。
作品名:銀行強盗のしかた教えます 作家名:島田信之