銀行強盗のしかた教えます
03
「困りますね。もう少し、協力的になっていただかないことには。犯人を捕まえてほしくないんですか?」
刑事にそう言われても、銀行員達の煮え切らない態度は変わらなかった。
「はあ……まあその、被害はなかったわけですし……」
などとゴニョゴニョ、仲間同士で顔を見合わせながらに言う。それに対して、
「被害なら、ちゃんとあるじゃないですか」
言って刑事が示したのは、床一面に撒かれた水だ。ガラスの破片もある。さっきまで、魚がピチピチ跳ねていた。
「はあ、いえ、わたし共が言いますのは、〈お金の被害〉ということでして。ですから、当店としましては……」
「銃が使用されたんですよ。これは発砲事件なんです。お宅らがどうかなんて知るものか」
「まあ、そういう考え方もあるんでしょうが」
「とにかく」と刑事。「その二人組は銃を撃ち、『強盗だ』と宣言しながら、急に慌てたようになって何も奪(と)らずに逃げ出した。それで間違いないんですね?」
「はい、確かに」
「ふうん……」
「あの、彼らはどんな罪に問われるんでしょう?」
「あんたらが心配することじゃない」
「そうおっしゃらずに、ちょっと考えてみてくださいよ。ほら、たとえば弁護士を立てて和解の方向に持っていくとかですね(ウンウンとまわりみんなが頷いている)、あるでしょ穏便に事を治める方法が。いくらでもあると思うんですよ」
「ないよ。あるわけないでしょう。だから鉄砲が撃たれたって言ってんじゃんか。もうどうしようもあるわけないでしょ」
「そんな言い方しなくたって……」
「ううう」唸った。「もうヤだ。とにかく、こちらの質問に答えてください」
「いやあの」
「黙って! そのとき、通報ボタンを押した人がいたわけだ。どなたです?」
「えーと、今、魚を片付けに行ってます」
「そういうのは、他の人にやらせてほしいな。すぐ呼んできてください」
と刑事が言ったところに当の彼女が戻ってきた。
眼が合う。しばし、沈黙が流れた。支店長の横でヒソヒソ代議士に裏でヤクザに口利いてもらってとかなんとかささやいていた副支店長さえ、なんとなくつられたように黙ってしまった。パーティの主役が登場したら誰もが見守らなければならない。そんな息を呑む沈黙だった。場にふさわしいオーラとでも呼ぶべきものが、他の者達とまるで違う。
「あ、ええっと……」刑事でさえ口ごもった。「あなたが通報された方?」
彼女は言う。「はい。わたしが通報ボタンを押して、電話で一報入れました」
「なぜですか?」
「『なぜ』? 強盗が起きたのですから、通報するのが当たり前でしょう」
「まあ、それはそうなんですが」
「怖かったんです」彼女は言った。「彼らが強盗だと知って、怖くてたまらなかったんです」
「ふうん……」
刑事は彼女を見つめる。彼女はまっすぐに見返している。残りの者は、もう出番はなくした顔で端役同士ガヤガヤ言い出す。
刑事は彼女に言った。「少し詳しく話を伺いたいんですが」
作品名:銀行強盗のしかた教えます 作家名:島田信之