銀行強盗のしかた教えます
02
「今日の訓練、あれ、なんだったんですかあ?」
更衣室で帰り支度をしていると、この春入行したばかりの元気溌剌マスコットガールが、そう話しかけてきた。いくら男子禁制と言っても、
「あんまり声が大きいと、上の人に聞こえるわよ」
「だってあんなの、まるで、ええっと……」
「茶番?」
「それ! まるで茶番じゃないですかあ。あんなの強盗じゃないですよお」
「ほんとの銀行強盗が、どんなものか知ってるの」
「あ……いいえ、ごめんなさい。先輩には言っちゃいけなかったですね」
「いいのよ。本当のことだから」
「強盗訓練て、いつもあんななんですか?」
「いつもあんなんよ」
「『お客様の大事な預金を守るのが銀行の使命と心得て……』なーんて、聞いてておかしかったですもん。お金なんてもし強奪(とら)られても、保険で賄われるんですよね?」
「らしいわね」
「強盗役も、『カネを出せ』ってただ言うだけでしょ。あれって本当に切りつけられたら、どうしたらいいんでしょうね?」
「お願い、そういう話はやめて」
「あ……ごめんなさい」
「いいのよ」
「みんな、セリフを覚えるのに、十日も前から練習してるじゃないですか。でも先輩が通ると黙り込んじゃって」
「あたしは刃物が怖いから、離れて見てるだけでいいの」
「それを言って通るの先輩だけっすよ。包丁突きつけられるのって、結局女子行員ですもん」
「それはあなたがかわいいからよ」
「先輩もカッコいいじゃないですかあ」
「『かわいい』とは言ってくれない?」
「宝塚の男役みたいですよお」
「なんかイージーな表現ね」
「そんなあ。カッコいいですよお。だってときどき、怒鳴り込んでくる人いるじゃないですか、『お前らは客をなんだと思ってるんじゃーっ!』って。そんなときみんなビビってるのに、先輩だけ全然怖くないみたい」
「本当に怖い人間が見たければ、裁判所にいくらでもいるわ」
「そんなに傍聴してるんですかあ?」
「他に趣味がないの」
「あ。と言えば何年か前、先輩にオモチャのナイフで冗談に襲いかかった人がいたのを、裁判に訴えたって本当ですか?」
「するわけないわ。『当事者同士、話し合いで解決を』ってなるのがオチよ」
「『テレビの法律相談番組なんか嘘ばっかりだ』って、いつも言ってますもんねえ。でも、ほんとにどう思います? 今、他所(よそ)で、何件も続いてるじゃないですか。まだ捕まってないですよね。支店長の住所や何か調べてきて、それを元に脅してくるからお金渡しちゃうってやつ。もしそんなの来ちゃったら、今日の訓練みたいのなんかじゃ「ねえ」
と彼女は、マスコットガールの言葉を遮って訊いた。
「そこのところは秘密なのよ。ニュースでも非公開にされているのに、あなたどこでそれを聞いたの?」
「そんなの、みんな知ってますよお。先輩こそ最初は誰に聞いたんですか?」
「それもそうね。ごめんなさい」
「それと、聞いたんですけどお、そもそも銀行強盗って、やるなら包丁は男に向けなきゃいけないんですって。女子行員にやったって時間稼いで警察呼ぶだけじゃないですか。昔から成功した強盗はみんな男に突きつけてるって」
「それはお金を出させるまでの話でしょ? 逃げられるかどうかはわからないんじゃないの」
「まあ、そうかもしれませんけど、今のだって捕まってないじゃないですか。だからもし来ちゃったら……」
「なんでそれをあたしに訊くのよ」
「先輩がいちばん頼りになりそうですもん」
「あたしはダメよ、怖いから」彼女は言った。「ただボタンを押すしかないわ」
作品名:銀行強盗のしかた教えます 作家名:島田信之