レナ ~107番が見た夢~ 補稿版
【レナ】
わかってたつもりだったけど、2週間はやっぱり長い……だって、間が2日空くこともめったになかったから……。
その間、ただ待っていれば良いんだったらまだがまんできるんだけど、お客さんをことわるわけには行かない、幸男さんと抱き合うのは愛の行為、でも他の人とは違う……長い間幸男さんに抱いてもらえないと、自分がレナじゃなくて元の107番に戻っちゃうような気持になっちゃう。
幸男さんが出張に行ってから1週間くらいたったある日、征服欲が強いお客さんがついたの、すごく乱暴でアレもびっくりするくらい大きい。
その人、あたしの準備ができてるかなんてぜんぜん気にも留めてくれないで、いきなりのしかかって来る……それでもされてるうちに濡れて来ちゃうのは体の防衛本能なんだって知ってるけど、そんな自分がいや、心の中では(もうやめて)って思ってるのに体は反応してあえいじゃうのがいや……幸男さんのじゃない痕跡を体に残されちゃうみたいな気がしていや、あたしは男の人のお相手をするためだけに造られたクローンだけど、気持ちだけは幸男さんのものなのに……感じたくないのに感じちゃう、乱暴にされてるのに逝っちゃう……そんな自分がいや……。
その人、あたしが気に入ったみたいで、3日続けて通ってきたの、3日目にはその人が部屋に入って来ただけで体が勝手にうずいちゃった……そんなのいやなのに……。
その人に3日続けて抱かれた次の朝、朝ごはんの時に天窓をぼーっと見てた、すごく良い天気で天窓は真っ白に輝いてた。
(あの天窓の先には青い空と白い雲が見えるのかな……)そんなことを考えてたら、3番さんに注意されたの。
「変なこと考えちゃだめよ、あたしもあなたもクローン、本当の人間とは違うんだから」
そんなこと知ってる、知ってるけど、本当の人間とクローンはどこが違うの? 緑色の髪の毛だけじゃない……あと……ここから離れられないように心臓に細工されちゃってるだけ……そこは大きすぎるくらいの違いだけど……。
「お客さんとあんまり親密になりすぎるとトレードされちゃうわよ」
「トレード?」
「別のC-インに移されちゃうってこと」
「でも、それってできないんじゃないの? 発信器から離れると死んじゃうんでしょ?」
「小型の発信機を使えばできるのよ、小型って言ってもスーツケースくらいあるけど」
「そうなんだ……」
ぼんやりそう答えたけど、3番さんはまだじっとあたしを見つめてる、なにか言いたそうに……。
え?……もしかして……。
「そんな話があるの? 3番さんは知ってるの?」
3番さんは何も答えてくれなかった、でもかすかにだけど頷いたの、あたしをまっすぐにずっと見つめながら……。
そうなんだ、あたしは別のC-インに移されるんだ……幸男さんと愛し合うようになっちゃったから……きっと遠い所だ、幸男さんがあたしを見つけられないように……。
暗い気持ちで107号室に戻ったの、幸男さんが出張に行ってからまだ10日、それだけでこんなにつらいのに……あとたった4日会えない、それだけでこんなにつらいのに……これからずっと会えなくなるなんて、そんなのって、そんなのって……。
ふと顔を上げたら、部屋の前の廊下にシーツを積み込む大きなワゴンが止まってた。
リネン業者の人、他の部屋のシーツを回収に行ってるみたい、廊下に出てみると誰の姿も見えない……。
あたし、ワゴンにもう積まれてたシーツの下にもぐりこんだの。
見つからなければ外に出られる、青い空が見られる、白い雲が見られる……幸男さんが生きてる世界が見られるんだ……そう思ったら発信器のことも頭からすっかり消えてた。
ガラガラガラ。
ワゴンが動き出した、リネンの人が戻って来て押してるんだ……あ、なんか空気が変わった、外に出られたのかな?……そう思ってシーツのすきまからそっと外を見た。
シーツのすきまからだったけど、少しひんやりした空気を感じたの、今まで感じたことがないすがすがしい空気……リネンの人が別のワゴンからシーツを出して車に積み替えて
る……今なら……。
あたし、シーツを一枚だけ掴んでワゴンの外に飛び出した。
「あっ!」
リネンの人に見つかっちゃった、でも連れ戻されるのはいや、せっかく外に、幸男さんが生きてる世界に出られたんだから。
あたし、走った。
リネンの人が追いかけて来てるのはわかった……けど、逃げてるわけじゃなかったの、アスファルトはちょっと冷たかったけど、まわりはビルだらけだったけど、真っ直ぐに伸びた道路の先に空が見えた、雲が見えた……あたしは青い空と白い雲を追いかけてたの……。
……え?……急に息苦しくなってきた……そうか、発信器の電波が届く範囲を超えちゃったんだ……どうしよう……でも戻りたくない……。
膝をついたらもう立ち上がる力もなかったの、それどころか膝立ちでいる力もなくなってきちゃった……あたしは最後の力をふりしぼってあおむけにたおれたわ。
青い空を白い雲が流れてた……幸男さん、あたしにこれを見せてくれたかったんだ……見てるよ、幸男さん……今、あたしは幸男さんと同じ空の下にいるんだよ……目がかすんできちゃった……でもね、あたしには見えるよ、幸男さんのやさしい顔が……ごめんね、待ってるって言ったのに待ちきれなかったよ……幸男さんが探せない遠くに連れて行かれちゃうんだとしても、最後にもう一度は会えたのにね、愛し合えたのにね……。
さよなら……幸男さん……あたし、幸男さんに会えて幸せだったよ……人に造られたクローンだけど、心は人と同じだったみたい……だったら素敵だけど…………………………。
作品名:レナ ~107番が見た夢~ 補稿版 作家名:ST