傷だらけの天使
傷だらけの天使
「兄貴、ここから先は、二時まで事故で止まっているよ」
「仕方ない、歩くか」
山沿いの登山鉄道を、十歳くらいの少女が、一人で歩いていた。
「お父さんと、お母さんが、交通事故で高野山病院に入院してるんです」
「それで、この線路を歩いていたんだ?」
「はい」
「名前は、何て言うの?」
「あけみ、白木あけみ」
「僕は、ショーケン。そっちは、あきら」
少女は、不安そうな表情で返事をした。
「ショーケンさん、アキラさん、よろしく、おねがいします」
「このバッグの中、何が入っているの?」
「コンビニで買った弁当と飲み物」
高野山登山電車・南海高野線は、事故で紀伊神谷から動かなくなっていた。
「あと一駅だから、頑張ろうね」
「うん」
線路の脇には、細い道があった。
「兄貴、道があるよ」
「もうすぐだから、こっちでいいよ」
道には『熊が出ます 注意してください!』の看板があった。
「兄貴、熊が出るんだって、おっかねえ~~」
「やっぱ、高野山だなあ」
・・・
「兄貴、極楽橋だ、ここで終点」
「高野山は、まだかよ?」
「ここからは、高野山駅まで高野山ケーブル」
少女は、不安そうな目をしていた。ショーケンは、少女の手を強く握った。
「病院まで行くからね」
「はい、おねがいします」
三人は、高野山ケーブルに乗り込んだ。外国人が多かった。
「凄い勾配だなあ」
「箱根よりも凄いね」
高野山駅に着いた。
「うわ~~、山だらけじゃん!」
「売店とコインロッカーだけだなあ」
「道はあるけど、バス専用道路って書いてあるよ」
「歩きは駄目ってことか」
「バス停があるよ、兄貴」
「分からないから、それに乗ろう」
駅の標高は、八六七メートルと書いてあった。
「こんな山の上に、町なんかあるのかねえ?」
「そうだなあ」
「不気味なところだね」
二人は、顔を見合わせ皮肉っぽく笑った。
「なんでも、お墓が沢山あるところらしいよ」
「ふ~~~ん」
「墓だらけだったりして」
「そんなことはないだろう」
「世界遺産だもんね、ここは」
「とにかく、高野山病院まで行こう」
「あいよ」
少女は、微笑んでいた。
「あけみちゃん、この人、若い頃は歌手だったんだよ」
「じゃあ、歌を歌ってたの?」
「そう」
「どんな歌?」
「兄貴、歌ってくれよ」
「おまえ、歌えよ」
アキラは歌いだした。
スリー・ツー・ワン お~~ いえ~~ ♪
二人がいつも~ 会うときは~~ ♪
これが 秘密の合言葉~~ ♪
三人は、高野山病院前で降りた。
ショーケンは、持っていた少女のバッグを手渡した。
「あけみちゃん、ここが高野山病院だよ」
「どうもありがとうございました」
アキラが、少女の肩を、ポンと叩いた。
「あけみちゃん、僕らも一緒に入るよ」
ショーケンも頷いた。「そうだな、保護者が必要かもしれないからな」
「ありがとうございます」
少女は不安だったのか、喜んでいた。
何事もなく、三人は病室に通された。
少女は、母の顔を見ると泣き出した。
「お母さ~~ん!」
「あけみ、一人で来たのかい?」
「ううん、この人達と一緒」
ショーケンは、、ペコリと頭を下げた。アキラも真似して下げた。
「あけみちゃんが、一人で線路を歩いていたものですから・・」詳しく説明した。
「ありがとうございます」
「お父さんは?」
「隣の部屋にいるわ」
「じゃあ、見て来るわ」
あけみは、すぐに戻って来た。
「お母さんは、どこを怪我したの?」
「打撲よ、腰をぶつけて歩けないの。お父さんは、足の骨を折ったの」
「どのくらいで治るの?」
「先生は、一か月くらいって言ってたわ」
「お父さんは?」
「わたしより、ちょっと長いらしいわ」
ショーケンは、あけみの様子を見ていた。
「あけみちゃん、一人で帰れるかな?」
「はい、帰れます。大丈夫です」
「何か分からないことがあったら、電話して」
ショーケンは、電話番号を少女に教えた。
「じゃあ、お母さん。私たちは、これで失礼します」