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龍の巫女 後編

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アマネは柔らかな手を握り返すと、壁があるとおぼしき辺りに手を伸ばした。ごつごつした冷たい岩肌に手のひらを押し当てると、慎重に立ち上がる。

「では、参りましょう」
「ああ」

襲ってきたものが待ち伏せしていないとも限らない。アマネは周囲を警戒しながら、そろりと一歩を踏み出した。



次第に周囲の闇が薄れ、外が近いと感じる。アマネはミコトの手をつかんだまま、そろりそろりと進んだ。

「ミコト様、お気をつけて」
「大丈夫だよ。待ち伏せされている気配はない」

それでも、ミコトはアマネの手を離さないでいる。小さな手が冷えてくるのを感じ、一刻も早く外に出なくてはと気が急いた。
ひやりとした空気の中、徐々に明るさが暗さに勝り、ついにまばゆいばかりの光が目に飛び込んでくる。

「ああ、ようやく・・・・・・!」

岩陰から出たアマネは、ほっと息をついた。辺りはしんと静まりかえっていて、さきほどの影が襲ってくる気配はない。

「お体が冷えてしまいましたね。すぐに宿へ戻りましょう」

振り返ると、ミコトは思わしげな顔でアマネを見上げていた。アマネは一瞬気押され、うろたえながら手を離す。

「あの、ミコト様?」
「いや・・・・・・気を張っておけ。まだ片づいておらぬからな」

ミコトはそう言うとため息をついた。

「この島もタイチの村も、土地神を失い悪しき気配がはびこっている。私は、誰の為に祈っていたのだろうな」
「ミコト様・・・・・・」
「そんなことも分からぬから、水神に見放されたのかもな」
「ミコト様」

アマネはミコトの手を取ったまま膝をつき、その顔を見上げる。

「私は十年あなたにお仕えして、あなた以上に巫女に相応しい方などいないと確信しております。何も心配せず、堂々と戻りましょう。水神様も、ミコト様を再び選ぶに相違ありません」
「・・・・・・・・・・・・」

ミコトは黙って見返してきたが、やがてふっと息を吐いた。

「なら、まずは、あの影を片づけようか」
「そうは言っても、どこに逃げたのか」
「逃げた先は分かっている。自分のねぐらだ」

深い闇のような目は、全てを見透かすようで。

「・・・・・・準備をしていかねばな。手負いの獣は恐ろしい」




獣のようなうめき声が、地を這うように響く。
ヤスケは何も手につかず、ただおろおろと廊下を徘徊していた。
宿の主人が顔に酷い火傷を負い、寝込んでいる。今は女将さんがついているが、こんな時に肝心の医者が出払っていた。
自分に出来ることはないか、水を汲んでいこうかとうろついていたら、玄関先で物音が聞こえる。朝方出て行った例の客が戻ってきたのだろう。本来なら女将さんが出迎えるところだが、今はそうも言ってられない。ここは自分が役に立たねばと、ヤスケは玄関へ急いだ。


「お客さん、お早いお帰りで・・・・・・あれ?」

ヤスケが玄関に辿り着いたときには、誰の姿も見あたらない。自分の聞き間違いであったかと首を捻っていたら、

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」

突如響きわたる咆哮にヤスケは飛び上がった。慌てて奥の部屋へと向かう。

「旦那さん! 女将さん! 大丈夫ですか!?」

勢いよく障子を開けると、そこにはミコトとアマネ、そして黒い剛毛に覆われ牙を剥き出した巨大な獣が二匹いた。後ろにいる一回り大きな獣は、顔が酷く焼けただれている。

「は? え?」

呆然と立ち尽くすヤスケに、獣が躍り掛かった。

「ヤスケ!!」

ミコトの声に我に返ったヤスケは、逃げようとして足がもつれ、もんどりうって倒れ込む。懐から勢いよく守り袋が飛び出し、廊下の端へと滑っていった。

「があああああああああああああああああああ!!!」

小さいほうの獣が前足を振りかぶる。鋭い爪が空を裂き、ヤスケへと振り下ろされた瞬間、

「アマネ!!」

ミコトの叫び声。鮮やかな血飛沫がヤスケの上に降り注ぐ。まるで人形のように軽々と飛ばされたアマネの体が、どさりと落ちた。

「ひっ・・・・・・!」

ヤスケの喉から掠れた悲鳴が上がる。何かがぶつかり、硬直した体を壁際に押しやった。

「た、助け・・・・・・!!」
「これを持っていけ! 決して離すな、山の社まで逃げろ。早く!!」

手に握り込まされた固い感触。それが櫛だと判別するのが精一杯で、ヤスケはミコトの言葉に従い、急いで駆けだした。


作品名:龍の巫女 後編 作家名:シャオ