オヤジ達の白球 41話~45話
「お前さんが塁に出たら、俺が代打で出てホームランを打つ。
お前さんは歩いてホームへ帰って来れる。これで同点だ。
俺が戻って来れば、2点目が入る。
どうだ。Aクラスを相手に、絵に書いたようなサヨナラゲームの完成だ」
ドランカーズの最終回の攻撃は、先頭バッターがショートゴロで
1アウトになる。
作戦をさずけられた岡崎がヘルメットを被り、右の打席へ入る。
(いいか。バッターボックスに入った瞬間から、3塁手をちらちらと見ろ。
打席に立った瞬間から、心理戦の駆け引きがはじまっているんだ。
本気の演技をしろよ。
バントが成功するかどうかは、お前さんの演技力にかかっているんだからな)
2度、3度、岡崎が3塁手をちらちらと見ながら、本気の素振りを繰り返す。
気配に押された3塁手がおもわず半歩、うしろへ下がっていく。
そのわずかな動きを岡崎は見逃さない。
(おっ。3塁手のやつがびびったぜ。
こうなりゃバント作戦は成功したようなものだ。
しかし。いまの世の中、何が起こるかわからねぇ。
念のためだ。ここはダメ押しで、もうひと芝居打っておくか)
消防チームの投手も優秀だ。コントロールの良さには定評がある。
初球はかならず内角の低めへ、ストライクを投げ込んでくる。
しかし。それがわかっていても打者は、1球目のストライクを振りにいかない。
甘い球を待っているからだ。
甘い球というのは、「真ん中付近のストレート」のことで、凡打になる
可能性の高いゆるい変化球や、内角低めの球には絶対に手を出さない。
セオリー通り消防の投手が、内角低めへ一球目を投げてきた。
(おっ・・・ストライクゾーンへ、おあつらえの球がやってきたぞ!)
岡崎がニヤリと目を細める。
バットを振り出す直前。「こいつを待っていた」という目線を三塁手へおくる。
するどく振り出された岡崎のバットがボールの上、30㌢でむなしく空を切る。
ものの見事な空振りだ。だがそれで終わらない。
手元から抜けたバットが、くるくると回転しながら土ぼこりをまきあげて
3塁線を転がっていく。
ベースの真横で守っていた三塁手が、あわてて足を挙げる。
不規則に回転するバットから、かろうじて逃げていく。
「すまん。大丈夫か!。力を入れ過ぎてつい、手元がすべっちまった!」
岡崎がヘルメットを脱ぐ。三塁手へ頭をふかぶかと下げる。
「気を付けてください。若くはないんだから・・・」三塁手が苦笑をうかべる。
「バットを投げてみせるとは、零細企業の社長は実にえげつない人種だ。
だが、若ぞう相手に効果はてきめんだ。
見ろ。さっきまで三塁ベースの横で守っていたのに、
いまはたっぷり後方へ移動した。
これでバントすれば足の遅い亀でも、ゆうゆう一塁へセーフになる」
柊がベンチでニヤリと笑う。
(44)へつづく
オヤジ達の白球(44)千両役者登場
「ようやく場面が整った。ということは次は俺の出番だな」
岡崎がバントを決めて一塁にゆうゆうセーフになる。
それを見届けた柊が「つぎは俺の番だ」と、バットを握り
ベンチから立ち上がる。
「ベンチの諸君。お前さんたちの出番は、もう来ないぞ。
俺が、ここで代打サヨナラホームランを打つ。
今夜のヒーロはこの俺だ。
岡崎と俺がグランドを一周してくれば、この試合はそれでジ・エンドになる」
「柊。大口をたたいたな。
いいのか。公務員がホームランを打つなどと大風呂敷をひろげても。
公約が達成できなかったときは、どう責任とるつもりだ?」
作品名:オヤジ達の白球 41話~45話 作家名:落合順平