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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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謝恩会(後編)~その手に花束を~

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 彼らに向かって郁哉は二番を歌い始める。ゆっくりとやさしく、共に高校時代を過ごした彼らを想って『You got a friend』を歌っている。郁哉の瞳に光がたまり、涙でうるんでいることに気づいて、湊人は胸が熱くなった。

 自分も年を重ねたとき、いつかこの歌を思い出す日が来るのだろうか――今夜限りの彼とのセッションを一生忘れることはないだろうと強く感じながらピアノを弾いた。

 無事、歌い終えると郁哉は大きく息を吐いた。客席から一斉に歓声が沸き起こるが、それにこたえる気力もないらしく、脱力した腕で握っていたマイクを返す。

「倉泉……せめて三日前には教えろ」

 盛大な拍手の中、郁哉が力なくそう言うと、悠里は「だって予習したらサプライズにならへんもーん」とおどけてみせた。「そうそう」と相槌をうつ晴乃とサラにあっけにとられたあと、郁哉は笑った。「ほんっとおまえたちは……」と軽口を叩きながら湊人に近づいてくる。
 思わず立ち上がると、郁哉は手を差し出した。

「いつもすごい技術やと思ってたけど、今日のピアノには本当に胸を打たれたよ。君の未来に幸あれと、いつまでも願っています」

 そう言って湊人の手を握った。昔ベースを弾いていた、その大きな手が湊人を包んだ。温かな賛辞に心が震えながら、この人は自分のピアノをどこかで聞いていた――とそのことに驚きをかくせなかった。

 郁哉は悠里たちとハイタッチを交わすと、歓声を受けながら舞台を降りた。「先生最高―!」「めっちゃかっこいいー!」「また歌ってー!」「なんで今まで歌わなかったんだよー!」と生徒たちの好き勝手な歓声を受け取りながら郁哉は客席に戻る。くるりとふりむいて湊人に微笑みかけると、彼は席に腰を下ろした。彼の歌声の温かな余韻が、いつまでも胸の中で響いていた。

「さあー次は木村先生と田中先生、お願いしまーす!」

 余韻を吹き飛ばす勢いで悠里が声を張り上げる。今度は「キ・ム・ラ!」「タ・ナ・カ!」と生徒受けのいい教師たちへのコールになり、二人は恥ずかしそうに舞台に上がってきた。

 サプライズはまだまだ続く。三年を担当した教師全員に歌ってもらうため、様々な曲を用意した。悠里たちとつながりのある生徒が熱心に教師たちの十八番をリサーチし、誰に何を歌ってもらうかずっと考えていたそうだ。湊人がそのたくらみに参加したのは曲が出そろってからだったので、彼女たちの熱心さにただ感心するばかりだった。

 次々と教師たちが舞台に上がり、悠里たちがバックミュージックを流す。そのほとんどが歌謡曲でピアノの譜面作りには相当苦労したが、破られて目の前にないおかげでかえって気楽に弾けたりもする。彼女たちが心をこめて演奏をする、その音楽の流れにただ乗っていればよかった。



 最後の一人が歌い終えると、会場が拍手に包まれた。教師たちがみんな立ち上がり、舞台上の悠里たちに拍手を送る。それ見た生徒たちも立ち上がって拍手を送る。観客がお互いに拍手を送っている――それはどんなライブでも見たことのない温かな光景だった。

 拍手が鳴りやまない中、晴乃が舞台袖にいた例の4人組を引きずり出してきた。ギタリストの彼は首からギターを下げたまま戸惑いながら腕を引かれている。「あんたらも弾くやろ?」「弾くって何を!」という問答を繰り返したあと、晴乃は彼らに耳打ちをした。すると彼らの目が輝きだし、晴乃に言われるままに楽器を握らされて舞台に出てきた。

 突然、悠里が大音量でギターの弦を鳴らす。足元にあるエフェクターを踏んでディストーションをかける。空間いっぱいにギターの歪んだ音が響き、悠里は隣に遠慮がちに立ったギタリストに笑いかけた。彼はせわしなくうなずきながら、悠里に合わせてギターを鳴らす。

 二本のギターが複雑に絡み合う中、サラは高速でスネアドラムを叩き始めた。

 晴乃と湊人が四分音符でルート音を叩く、悠里は小気味よくギターをカッティングする。

「さあみんなー! 『talking machine』いくよー!」

 マイクを通して悠里が声を上げる。立ったまま戸惑っている教師をよそに、生徒たちは一斉に「イエーイ!」と飛び跳ねる。悠里の計画を知っている生徒たちが教師のそばで手のふり方を教えている。

 サラがバスドラムのペダルを踏み、サイドシンバルと同じく四分音符でリズムをとる。悠里は「さあいくよー!」とギターにディストーションをかけながら腕をふりかざす。生徒たちがタイミングよく「イエーイ!」と飛び上がる。戸惑っている教師の手を取って一緒に腕を上げる。

 ギターリフは5小節目から倍速になり全員がそのリズムについて体を揺らす。胸が高鳴るのを感じながら湊人は二拍ごとに鍵盤を叩く。悠里がマイクに口を近づける。ギターリフをギタリストの彼に委ねて勢いよく手をかざす。

「one! two!」

 悠里の声がホールいっぱいに響き渡る。高くかざした指が一本から二本に変わる。
 
 ――ワン! ツー! スリー! フォー!――

 生徒たち全員が同時にそう叫んで飛び上がり、会場全体が震えた。

 悠里とギタリストの彼、晴乃とタンバリンを持った彼、サラと吹奏楽部のスネアドラムを貸し出された彼、湊人のそばでマラカスをふるボーカルの彼――全員が同じタイミングで四分音符を激しく鳴らす。 

 悠里も晴乃も見たことのない大股開きで腰を沈め、弦をはじいている。地鳴りのような振動が足元から襲ってくる。パンクロックの激しさに驚きながらピアノを叩いていると、再び悠里がマイクに近づく。

「踊れーーーー!!!」

 そう叫んでギターのイントロを弾き始めた。いったいどこでいつ練習したのか知らないが、生徒たちがぴったりと息を合わせて「ハイ!」と飛び上がる。サラが叩くパンクロックの激しいリズムが会場全体を揺らし、教師も体を動かし始める。昨日けんかしたのが嘘のように、バンドに混ざった男子学生たちも楽しそうに楽器を鳴らしている。

 ――衛星から見たら 人はちっぽけで
   永遠に空をただ 見上げるものです――

 長いイントロのあと悠里の歌が始まった。これまた豹変したように目を大きく見開いてマイクにかじりついている。サビに入るとポニーテールをふり乱して歌うものだから、湊人は度肝を抜かれてしまった。ピアノに近いところにいる晴乃も何かに取り憑かれたように踊りながらベースを弾いている。例の四人組は頭をふり乱して顔も見えないほどだ。

 唯一サラだけが汗をかきながらも冷静にドラムを叩いていて、湊人はほっとした。

 生徒が飛び跳ねる中、間奏に入ると悠里はまた「踊れーーーー!!」と叫んだ。
 これ以上どうやって踊るんだ、と湊人は思ったが、客席から「イエーイ!」と怒号のような声が上がる。

 Aメロに入って少し落ち着いたかと思えばたった8小節で元のノリに戻ってしまった。何度か練習したのだから未経験のパンクロックでもついていけると思っていたが、考えが甘かった。一度でも悠里たちのライブを見ておくべきだった、と後悔しながら鍵盤を叩いた。