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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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謝恩会(後編)~その手に花束を~

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6.S'H'Y and M



 湊人がペダルから足を離すと、悠里がマイクに口を寄せた。

「『S'H'Y and M』です! 『and M』はピアノの坂井湊人くんです! 拍手―!!」

 観客の視線が一斉に湊人にそそがれて、心臓が止まりそうになった。戸惑う湊人に悠里が「立って立って!」と手で合図を送ってくる。思いがけない演出に湊人はどうしていいかわからなかったが、拍手があまりに盛大だったので立ち上がって頭を下げた。ますます歓声は大きくなる。

 その中に「ミナトー! サイコー!」と健太の叫ぶ声が聞こえたので、あいつめ、と思った。悠里はメンバー紹介はしないと言っていたから、直前になって健太が湊人を紹介するように入れ知恵をしたのだ。本番が終わったらシメてやる、と思いながらも悪い気分ではなかった。

「えーでは次は、特別ゲストをお呼びしたいと思います! 千賀先生ーーー!」

 悠里がマイク越しに叫ぶと会場中がどよめいた。生徒たちは何が起こるのかと沸き立つ。呼ばれた当の本人は教師席で唖然としている。

「千賀先生! 舞台に上がってきてください!」

 悠里が声を上げると、晴乃とサラもコーラス用のマイクで名前を呼ぶ。すると生徒たちが手を叩いて「千賀先生! 千賀先生!」とコールを始めた。コール音はどんどん大きくなり、郁哉の隣に座っていた教師たちにもうながされて立ち上がった。
 悠里は「千賀先生」コールに便乗して手を叩き、郁哉を舞台上へ招きよせる。スーツ姿の郁哉は目が点になったまま舞台に上がってきた。

「おまえたち……今度は何を企んでるんや……」

 苦笑いをする郁哉に悠里が笑いかける。

「えっへへーやるならトコトンってお兄ちゃんに言われたんで。はいっ!」

 そう言いながら悠里はスタンドからマイクを離し、郁哉に突きつけた。

「はいって……何を」

 これから起こることがわからないまま郁哉はマイクを受け取る。ゆっくりと舞台上を見渡すが、晴乃はベースをかまえ、サラもスティックを握ったまま何も言わない。

「郁さん、『You got a friend』歌ってくださいね」

 どよめいている観客に聞こえないように悠里が言った。その言葉に郁哉が目を丸くする。

「『You got a friend』って……なんでそのことをおまえたちが知ってる?」

 驚いている郁哉に悠里は微笑みかける。晴乃とサラも笑っている。

「だってまあ、グレッグの妹やし?」

 悠里がいたずらっぽく言うと、観念したのか郁哉は眉を下げて笑った。ベースをかまえて「歌ってくれますよね?」と言う晴乃に、優しく微笑みかける。

「そうやな……歌うか」

 郁哉がマイクを持ったまま正面を向くと、客席から歓声が起こった。あちこちから指笛や「千賀先生―!」という声が聞こえ、郁哉は耳のうしろをかく。
 ななめうしろを見た郁哉と目が合った。湊人はペダルに足をかけたままじっと彼を見る。こうしてスーツを着ていると高校にいるときの千賀先生だが、彼女たちに笑いかけた彼はたしかに「ベーシストの千賀郁哉」に見えた。

「坂井が……ピアノを弾いてくれるんか」

 そう言って郁哉は穏やかにほほ笑む。湊人はこっくりとうなずく。

「卒業間近にあなたと陽人さんが熱心に練習したけど、本番でやる機会はなかったと聞きました。陽人さんの録音を何回も聞きました。陽人さんのピアノには及ばないけど、心をこめて弾きます」

「そうか……あいつのピアノを坂井が……」

 郁哉は目を細めてそうつぶやく。口元に優しい笑みを浮かべ、正面を向く。手に持っていたマイクをかざし、口を近づける。

「みんな、卒業おめでとう。今日は先生が心をこめてみんなに『You got a friend』を歌います。大切な友達を思い浮かべながら聞いてください」

 落ち着いた声でそう言うと、客席から拍手が起こった。悠里がにんまりと笑い、湊人に視線を投げかけてくる。

 湊人は深呼吸をした。悠里の兄、陽人が高校三年のときに弾いたピアノを思い起こす。
 マイクを持った郁哉が視線を送ってうなずく。湊人は鍵盤に指をそろえる。

 ゆっくりと静かに『You got a friend』のイントロを弾き始めた。ピアノの感触をたしかめるように、しっかりと鍵盤に指を下す。
 4小節の短いイントロが終わると郁哉の歌が始まった。

 ――When you’re down and trouble,
   and you need some loving care
   And nothing, nothing is going right……
  (君が落ち込んでひとり悩み
   誰かに優しくしてほしい時
   そして何もうまくいかないって思った時)――

 郁哉の優しい歌声が会場に響く。陽人の録音に残っていた郁哉の声よりも、幾分低く落ち着いた歌声が湊人の腹の底に響く。ざわめいていた客席がシンと静まる。

 彼は体をななめうしろに向け、湊人の様子をうかがっている。彼とは演奏どころか会話も初めてだった。正直、湊人の名前を知っていたことにも驚いたくらいだ。

 彼が歌いやすいようにできるだけ陽人のアレンジに近づけようとしたが、どうしても限界がある。あくまでも自分のピアノで郁哉が歌いやすいように、四苦八苦しながら練習をしてきた。

 郁哉は湊人のピアノをよく聞いて歌ってくれている。わずかなリズムのブレも正確に読み取って次の小節を歌う。英語教師らしい流暢な英語の歌の中にもしっかりと縦のリズムがあり、晴乃が弾くベースに軽やかに乗っていく。そのことを晴乃は知っていたのか、ベースを弾きながら湊人に微笑みかけてくる。

 ――You just call out my name,
   and you know wherever I am
   I’ll come running to see you again……
  (君はただ僕の名前を呼べばいいんだ
   知っているだろう?
   どこにいてもきっと君のもとへかけつけるよ)――

 サビから悠里、晴乃、サラのコーラスが入る。 郁哉の声が引き立つようにごく控えめに彼女たちは歌っている。先ほどの演奏とは全く違う、丁寧なギターのストロークとドラムの丸い音。湊人はピアノを弾きながらこっそり歌う。姉の初音に似て音痴の自覚がある湊人は決して人前で歌うことはない。けれど郁哉の胸を震わせる歌声が、腹の底にある湊人の感情を外へと引きずり出す。

 ――Winter, spring, summer, or fall.
   All you have to do is call
   And I’ll be there. You got a friend
  (冬も春も夏も、秋だって
   呼べばいいよ
   きっとそばにいるよ。だって友達だから)――

 ピアノで間奏を弾くあいだ、郁哉は視線を彷徨わせた。うつむいたかと思うと顔を上げ、真正面よりも少し上を見つめた。

 視線の先には音響室があった。小さな窓のむこうに宮浦と陽人がいる。郁哉と『ギミック』を結成し、高校三年の終わりまで活動をしていたと聞いている。