小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

謝恩会(後編)~その手に花束を~

INDEX|6ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

 そう言うと、四人は顔を見合わせてうなずいた。悠里たちは小さくガッツポーズをとる。

「さあ、行こか」

 まっすぐに舞台を見つめて悠里が言った。しゃっきりと伸びた背中にギターのベルトがかけられている。晴乃は借りたベースの感触を確かめるようにフレットに指をすべらせる。ドラムスティックをわきに抱えたサラが不敵に笑う。

「坂井くん、頼んだで」

 悠里は湊人の肩を叩くと、舞台の上に出た。ひとつ前のグループへの歓声が鳴りやまない中、彼女は堂々と舞台の真ん中へと進んでいった。ひとつに結わえられたこげ茶色のポニーテールが揺れる。その背中を頼もしく思いながら、湊人はピアノの前へと進んだ。



 演奏は湊人のピアノソロで始まった。
 卒業生のアンケートで希望の多かった『YELL』を最初に持ってきたいと言ったのは悠里だった。ポップスをあまり弾いたことのない湊人は「うまく弾けるか自信がない」と言ったが、物悲しいこのピアノのイントロが湊人にぴったりだと悠里は言った。

 それから何百回もこの曲を聞いてイメージを膨らませた。まともに高校に通わず、出席日数ぎりぎりで卒業する自分が弾く『YEEL』をどうやって客席に届けるか、ずいぶん悩んだ。
 悩んだ末、悠里たちを観察することにした。いつも明るい笑顔の彼女たちが進学にむけてどんな思いを抱えているのか、知りたかった。悠里や健太が隠している、その内面からにじみ出る将来への希望や別れのさみしさを、ピアノの音色にこめようと思った。

 マイナー調の美しいピアノのイントロは8小節つづき、9小節目からサイドシンバルの音が入る。卒業生の目の前に広がっている果てしない道を想像する。
 16節目の最後、リタルダンドをかけて間をあけ、悠里の歌へとつなぐ。

 ――「“わたしは”今 どこに在るの」と 
    踏みしめた足跡を 何度も見つめ返す――

 ピアノの演奏の上に悠里の歌が乗る。ベースが控えめに弦を鳴らす。サイドシンバルからスネアドラムのリムを叩く固い音に変わる。湊人は観客席の気配を感じながらピアノを弾く。

 要がよく言っていた。たくさんの人に音楽を届けるときは感情を乗せない、風景を思い描くんだ、お客さんは音に乗せて見えた風景に感情をたくすのだから――

 練習回数は少なかったが、サラのドラムは正確でわかりやすく、合わせやすかった。晴乃のベースはどこか遠慮がちだが、フィルインの主張は忘れない。
 悠里の歌声はどこまでも伸びていく。客席のはるかかなたを見つめる彼女にはどんな風景が映っているのだろう。

 ――サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL――

 兄に買ってもらったというフェンダーの黒いテレキャスターを弾きながら悠里は歌う。原曲よりも少しかすれた力強い声で別れを歌う。すぐそばでベースを弾いている晴乃も、しっかりと演奏を支えるサラも違う進路に進む。だれひとり同じ道には進まない。湊人は進学せずプロのジャズピアニストを目指して旅立つ。今夜限りの演奏は、思いかけず湊人の心に感傷をもたらす。

 弾きながらそっと客席を見る。口ずさんでいる生徒がたくさんいる。肩を寄せあっているものもいれば、泣いているものもいる。ラウンド・ミッドナイトでは見たことも感じたこともない一体感が会場中に生まれ、湊人の胸は苦しくなった。

 ジャズが音楽のすべてだと思っていた。観客をあっと言わせるテクニックを身につけなければいけないと必死だった。けれど悠里たちの音楽はどこか違う。聴いている人たちがみな自ら音楽に取り込まれて陶酔できるような、そう感じさせる力があるようだった。

 湊人はその渦の只中に埋もれてピアノを弾く。悠里がギターソロを披露する。大音量でギターもベースもドラムも鳴っているのに不思議な静けさの中、ギターを弾く彼女が湊人の方を見てピアノのフレーズにソロを重ねてくる。お返しをするように湊人はギターリフを真似る。悠里が笑う。湊人はギターの音色をつぶさに感じ取りながら鍵盤を叩き続ける。

 ――ともに過ごした日々を胸に抱いて 
   飛び立つよ 独りで 未来(つぎ)の空へ――

 悠里の歌は、いつの間にか大合唱へと変わっていた。300人余りの生徒の想いが音楽に乗る。客席の座る卒業生も、後輩たちも、教師も、保護者も、それぞれに思いを胸に抱く。

 悠里がゆっくりと腕を下すと、拍手が起こった。声を押し殺して泣く声や、歓声が入り混じる拍手は止まることなく会場に響き渡った。
 悠里たちが顔を見合わせる。感動というよりは、よくやったという安堵の合図だったようだ。悠里は新品同様のテレキャスター、晴乃は借り物のプレシジョンベース、サラのスティックも本人のものではない。背後から鼻をすすり上げる音が聞こえてそっと振り返ると、ベースとスティックを貸してくれた4人組が泣いていた。

 泣くのはまだ早い、メインイベントはこれからだ――