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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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謝恩会(後編)~その手に花束を~

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5.泣くのはまだ早い



 午後5時半、高校最後のイベント、謝恩会がスタートした。

 謝恩会といっても立食パーティーなどはせず、卒業生を中心に舞台上で様々な発表をすることになっている。湊人たちは最後から二番目のバンド演奏枠で出演する。健太も剣道仲間となにやらパフォーマンスを用意しているらしく、湊人はこっそりと楽しみにしていた。

 コーラス部による合唱に始まり、生徒たちが様々なパフォーマンスを披露する。音楽だけでなくコントや演劇、ダンスもある。三年生の担任たちは客席のちょうど真ん中あたりに座らされて、談笑しながら舞台を見ている。
 若手の郁哉は端の席に座って、世界史の老講師と何やら話をしているようだった。


 
 湊人たちも割り当てられた席に座ってパフォーマンスを眺める。同じクラスのサラがひとつ前の席に座って、偶然にも真後ろに悠里と晴乃が座っている。
 三人は湊人をはさんで「何組の誰」だとか、クラブは何だとか、特技は何だとか熱心に説明をしてくれる。けれど湊人の記憶をかすめた生徒はほとんどいなかった。唯一、後半に登場した裸足で袴姿の男子が健太だということはすぐにわかった。

 彼は登場したときから面と防具を身に着けていて、会場をざわつかせた。「誰アレー!」「顔見えなーい!」「誰よ名前教えてー!」と400人近くいる生徒たちが口々に声を上げる。健太は何も答えない。正面を見ることもせず突然「イッチ、ニッ、サン、シッ!」と素振りを始めたので、さらに会場の笑いを誘った。

 しかしそのあと下手側から次々と面をかぶった男子生徒が登場し、かけ声と共に健太に竹刀をふりかざした。健太は声を張り上げると、次々にかわして技を打ち込んでいった。

 会場内に竹刀と防具のぶつかりあう音が繰り返し響き、客席がシンとした空気になっていく。健太はわき目もふらず下手から技をかけてくる生徒たちをいなし、胴や籠手に技を打ち込んでいく。そのたびに健太の声が響き渡り、竹刀の鳴る音に重なる。舞台の板を踏みこむ激しい足音は途切れることなく続き、湊人は息を飲んだ。

 健太が本気で竹刀をふるう姿を見るのは初めてだった。袴姿なのに平気でスニーカーを履いたりして、湊人の前ではふざけた様子ばかり見せていたが、健太の本領がここにあることを知った湊人は、今まで彼の何を見ていたのかと悔やみたくなった。

 けれど彼の姿はそんな小さな悔いを簡単に吹き飛ばすくらい、気迫に満ち溢れていた。健太の登場でざわついていた会場は、いつしか彼の道場になり、観客席の生徒たちは必死になって歓声を送り始めた。
 20人近く打ち込んでも健太はまだ止まらない。肩で息をするようになっても、足の動きは止めず、振り下ろす腕の力にも衰えがない。
 
 最後に甲高く「メエェェーーン!!」と声を張り上げ竹刀を振り下ろす。竹刀の音がはじける。登場する生徒の流れは止まり、健太はくるりと正面を向いた。
 竹刀をわきにかかえ、激しい呼吸を整えながら面をとる。白い手ぬぐいを頭に巻いた健太は、顔中に汗をかいていた。静まりかえる会場内に、彼の呼吸の音が響く。

 健太が竹刀を上にかざすと、会場中に拍手と歓声が起こった。健太が歯を見せて笑い拍手に応えると、舞台袖から後輩らしき男子生徒が次々に現れた。健太の他に10人の生徒が参加していたらしく、全員一列に並んで同時に礼をした。
 再び拍手が起こる。汗をかいた健太がすがすがしい笑顔でハイタッチをしている。

「篠原くん、かっこええやん! なあルノ?」

 ふり返ったサラが湊人越しにそう言うと、晴乃は涙ぐんで「うん、うん」とうなずいた。今こうして泣いている晴乃の姿を、健太に見せてやりたいと思った。

「悠理もアレに参加したかったんとちゃうの?」

 サラが言うと、悠里は舞台で手をふっている剣道部員を見ながらぽつりと言った。
「アレにはとてもかなわへんわ」

 舞台を見つめる彼女の顔は、嬉しそうにも寂しげにも見えた。音楽と違って剣道は男女に明確な体力と力の差がある。今は悠里とそう体格が変わらない健太もいずれは体格でも勝るようになるだろう。同等でありたいと願っても、そうさせてくれない現実がある。悠里はそのこと自覚しているのかもしれない。

「さ、私らも楽屋で準備しよか!」

 悠里が勢いよく立ち上がると、「そやな!」と晴乃とサラも立ち上がった。湊人が続くと遠くの客席に座っている郁哉が手をあげた。親指を立ててサインを送っている。それに気づいたのか、悠里たちはそろって親指を立ててサインを送り返した。



 悠里が真新しいギターを肩からかけて舞台袖に入ると、あの男子学生たちが待機していた。彼らの出番は次にせまっている。緊張しているのか、彼らはギターやベースを下げたまま落ち着きなく足を動かしている。客席から拍手が聞こえてくる。
 舞台スタッフを担当している演劇部のひとりが彼らに「どうぞ!」と声をかけた。唾を飲む音が聞こえ、悠里がポンポンと彼らの肩を叩いた。

「がんばってな!」
「お、おう……」

 覇気なく言ったドラムの彼の背中を「そんな気弱でどうする!」とサラが思い切り叩く。「いってー!」と叫んだあと、4人で顔を合わせて笑い始めた。

「俺たちの演奏が終わったらまたここに戻ってくるから、待っててくれよな」

 ベースの彼が言うと、悠里たちは「オッケー!」と応えた。彼らは湊人に視線を送ると、少し頭を下げた。湊人はうなずいて、彼らを送り出す。
 舞台に出た彼らを大きな声援が包む。ボーカルの彼がスタンドマイクを握る。

 ドラムのカウントで彼らの演奏が始まった。
 荒々しいギターのカッティングに合わせて、ドラムとベースの音が会場中に鳴り響く。

「ほら、やっぱりキューミリ」

 真剣なまなざしをした悠里がそうつぶやく。「うん、『ハートに火をつけて』やな」と晴乃が答える。同じように舞台を見つめるサラが「いっつも練習してたもん、いけるで」と言う。
 彼女たちの言う「キューミリ」がバンド名の呼称だということは先日聞いた。流行りに疎い湊人はそれが今人気のあるバンドだということも知らなかった。

「やるで、悠里、サラ」

 薄暗い舞台袖で晴乃がつぶやくと2人はこっくりとうなずいた。悠里が「坂井くんもやで」と湊人の肩を叩いた。「もちろん」と答えると、彼女はにっかりと笑った。白い頬に浮かぶその笑顔は誰もの心をわしづかみにするものだった。



 大歓声の中彼らの演奏が終わると、次のグループが舞台に出た。悠里たちのバンドはこのあとだ。

「ああー緊張したー!」

 舞台の裏側を回り、再び上手の舞台袖に戻ってきた彼らが口々に言う。舞台スタッフの演劇部に「静かにしてください!」と注意されると、あわてて口をふさいで目で笑いあっていた。
 差し出された赤いプレシジョンベースを受け取ると、晴乃はチューニングを始めた。今叩いたばかりのドラムスティックをサラが受け取る。

「あのね、私らの演奏が終わるまでここにおってくれる?」

 真新しいギターのチューニングをしながら悠里が言う。4人は不思議そうな顔をしている。

「なんでや?」
「私らの演奏、ここで聞いててほしいから」