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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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謝恩会(後編)~その手に花束を~

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おまけ1 差し出したその手 〜大人たちの宴〜



「はぁー」
「どうしたの、はっちゃん」
 
 初音は思わず口をつぐんだ。隣に座った要がのぞきこんでくる。

「ごめん、今ため息ついてた?」
「うん、けっこうがっつりと」

 初音はグラスに手をかける。打ち上げ後のラウンド・ミッドナイトに気だるい空気が漂っている。

 謝恩会のあと、打ち上げ会場にセットされたラウンド・ミッドナイトにやってきた。主催者の要とヴォーカル&ギタリストの宮浦という人があわただしく準備を始めたが、初音は不思議な思いで客席を眺めた。ここには父の思い出がつまっている。赤いじゅうたんを敷き詰められた薄暗い店内に入るだけで息が苦しくなる。けれど記憶は要のライブに塗り替わった。父がいつも座っていたあのグランドピアノに湊人が座っている。小柄な湊人がスーツに身を包み、必死に鍵盤を叩いている――

「……湊人の顔、ひどいことになってたなと思って」

 初音はつぶやいた。謝恩会の舞台に立った湊人の顔を思い出す。すっかり背が高くなって肩幅も広くなったのに、出会った頃と同じように顔に無数の痣があった。彼がピアノ椅子に着席すると、客席がどよめいた。「どうしたんだろあの顔」「ちょっとひどいよね」「ケンカかな、こわーい」と不特定多数の生徒がつぶやいている。保護者席の大人たちも眉をひそめている。
 
 ざわめきを聞きながら、自分だって湊人のことを知らなかったら同じことを思うだろう、と手を握りしめた。けれどあの怪我には理由がある、湊人は母親を守ろうとした。血のつながらない母親を、体をあんなにも痛めて――

「要に訳を聞いてなかったら、私、舞台に飛び出して行ってたかも」
「はっちゃんならやりかねない」

 要のの笑顔に初音の心はゆるんだ。カクテルを口につけてゆっくりと置く。

「でもそんなの、湊人がいやがるよね」
「意外に喜ぶんじゃないかな? 俺のサプライズは失敗に終わるけどね」

 要は頬にえくぼを作って笑った。初音もつられて笑う。謝恩会の直前ではあったが、連絡をくれて飛行機のチケットまで用意してくれていた要に感謝の言葉を伝える。

「まあなんというか、俺が会いたかったから」

 屈託なく笑っている要を見て、胸がぎゅっとつぶされる。初音はこみ上げてくる感情を飲み込んで微笑む。 

 湊人たちを囲んでの打ち上げは午後9時半に始まり、11時には終了した。彼らは帰るのをずいぶん渋っていたが、要に押し出されて車に乗せられた。運転席に乗った湊人が「初音さん、いつまでこっちにいるの?」と不安げに聞いてきた。眉を下げたその顔に愛しさを感じて初音は「しばらくいるから、また明日ね」と手を伸ばした。

 その後オーナーの好意でこうして飲ませてもらっている。離れた席に座った晃太郎、倉泉陽人、宮浦基彦の三人が熱心に音楽の話をしている。陽人と基彦には初めて会ったのに、以前からの知り合いのようにすぐに打ち解けた。どうやら要と湊人がずいぶん詳しく彼らに自分の話をしていたらしく、陽人にそれを聞かされたときは恥ずかしくなった。

「湊人、いい仲間ができたのね」
「そうだな。俺んちに転がりこんできたときのことを思うと、いい顔をするようになったよ」
「ほんとそうね。……私はもう……必要ないかな」

 胸の中が寂しい気持ちでいっぱいになる。出会った頃、湊人はまったく大人を信用していなかった。どれだけ言葉を尽くしても、受け入れようとしなかった。大人に殴られた痣だらけの顔を見て、この手で守ろうと思った。つかんだ手は絶対に離さないと誓った。誰かを守りたいという、あんな強い気持ちがあふれ出したのはあの時が初めてだった。

 卒業間際になって湊人はまた暴力を受けた。辛い思いをした。けれど自分で乗り越えた。

 凛と立つ制服姿の湊人を思い出すとまた気持ちがあふれ出しそうになった。一人で立ち上がれる日をずっと望んでいたのに、いざそうなると寂しくなるなんて――初めての感情を受け入れられず、初音はうつむいた。肩を持って要が言う。

「湊人ははっちゃんを追いかけてアメリカに行くんだよ。あいつはずーっとはっちゃんを見てるよ」
「そう……かな」
「そうだよ」

 要の言葉には力があった。肩に乗った手のひらから熱い体温が感じられる。初音はきゅっと口をむすんでうなずく。

「要がそう言うなら……そう思うことにする」

 瞳に涙をためたまま初音は笑った。要の頬にくっきりとえくぼが浮かぶ。天然パーマの髪が揺れる。何度救われたかわからない笑顔が目の前にある。

「こら、いちゃついてんな。やるぞ」

 そう言って要の頭をはたいたのは晃太郎だった。ドラムスティックをわきに抱えている。ちらりと初音に視線を送ってくる。

「深町のドラム、久しぶりだからわくわくする」
「何言ってんだ。おまえもやるんだよ」

 そう言って初音の肩をこぶしでこづいた。やさしい感触が骨に響く。

「え? 私もって何を……」

 目を丸くしていると「はい、いくよー」と要に腕をつかまれた。無理やり立たされてグランドピアノの席に座らせられる。

 ドラムセットに座った晃太郎がバスドラムを踏むと、陽人と基彦もそれぞれエレキギターのチューニングを始めた。要は愛用のアコースティックギターを肩から下げる。このメンバーで一体何をやるのか見当もつかない。

 初音はグランドピアノのふたを開けた。憧れ続けたラウンド・ミッドナイトのピアノ。消えてしまった大切な命を想って弾いた白と黒の鍵盤――

 ピアノの黒鍵を見つめていると、突然エレキギターのディストーションが大音量で響いた。初音は驚いて顔を上げた。メガネをかけた色白の陽人が不敵に笑っている。そこへスキンヘッドで高身長の基彦がギターの音を重ねる。古くせまいラウンド・ミッドナイトの店内を満たすE♭mの響き――

 陽人がテレキャスターのネックをふり上げると、晃太郎が激しくスネアドラムを叩いた。
 要がアコースティックギターをカッティングする。基彦がギターリフを弾き始める――

「……ええっ! さっきの曲をやるつもりなの?!」

 初音がピアノから立ち上がると、陽人が口もとに笑みを浮かべていた。軽く飛び跳ねている要は満面の笑みだ。

「すみません! 遅くなりました!」

 ギターの不協和音が響き渡る中、ベルベットの扉を開けてかけこんできたのは千賀郁哉だった。あわただしくスーツを客席に脱ぎ捨て、ソファにおいてあったベースを持ち上げる。

「郁さん、遅いから始めてまうとこでしたよ」

 何度もギターリフを繰り返しながら基彦が白い歯を見せて笑う。郁哉は「主任の話が長いもんだから……」と汗をかきながらベースのストラップを肩にかける。ベースのアンプにシールドをつなぐと、ピアノのすぐ横に立ってぺこりと頭を下げた。初音も思わず「湊人がお世話になりました」と頭を下げる。

「さあーいくかー!」

 要がギターのネックに指をすべらせながら声を上げた。

「ちょっと待ってよ! 私、パンクなんて弾いたことないんだけど……」
「湊人があんなに弾いたら、やらずにいられないだろ?」