短編集49(過去作品)
アドバイス
アドバイス
自分では後輩の面倒見がいいと思っている藤原だった。仕事面においてはもちろんのこと、プライベートでも同じで、なるべく後輩の相談に乗ってあげたいと思っていた。
「藤原さんは、何となく相談しやすいんですよ」
テレながら話している後輩もいて、そんな仕草が喜びに繋がる。大学時代は自分にも時間があったので、簡単に応じられたが、社会人になってからはなかなか時間が取れないこともあったりする。それでも何とか時間の都合をつけるところが我ながらいじらしい。自己管理ができていないと難しいところがある。自己管理ができているからいじらしく感じられるのだった。
話の内容は、他愛もないことからヘビーな内容とさまざまだ。ヘビーな内容としては、
「会社を辞めたい」
「この仕事に向いていないんじゃないか」
などのもので、まともに聞いて、ストレートに答えを返せない内容のものもある。何とかなだめて思いとどまらせるのだが、
「こんな相談、藤原さんにしかできなくて」
と言われると、複雑な気持ちになる。本人としては差し障りのない受け答えをしているつもりだが、人によって感じることも違うだろう。そのあたりが一番難しく、相手によって意見を変えられるような器用な性格ではない。
それでも、相談は後を絶たない。藤原の想定外ではあった。まさかここまで増えるとは考えておらず、人によって態度を変えないことに不安も感じていた。
それは誰にでも同じような返答をしていることにある。差し障りがないので、聞いていてあまりショックなことはないだろうが、暗示に掛かりやすい人にとっては、一般的な意見でもそれが一番いい考えだと思い込んでしまう。相手を見ながら話をしているつもりでも、こちらが想定した感じ方を相手がしてくれるかどうか分かるわけもない。
元々相手がどう感じるかということをいちいち考えていては、一言も助言できないかも知れない。相手は助言を求めていると思うと、どうしても一般的な回答にしかならない場合も多いだろう。
学生時代の藤原は、自分が人に相談するタイプだった。
最初の頃は相手の迷惑を感じながらの相談だったが、次第にその感覚が麻痺してくる。相談事のほとんどが恋愛相談だった。もっとヘビーな内容の悩みもあったのだが、それこそ人に相談できることではなかった。自分で自己暗示に掛かりやすいと分かっているので、ヘビーな相談を他人にして、その助言の良し悪しを考えずに自己暗示に掛かってしまう可能性があったからである。
もちろん、助言の良し悪しを考えないわけではないが、自己暗示に掛かってしまえば助言による考えなど自己暗示の結論には及ばない。
将来について、いつも憂いていた。不安でいっぱいだったと言ってもいいだろう。だが、考えていても仕方がない。その時にできることだけをすればいいだけだった。
だが、その時にできることが何であるか分からない。分かっていれば悩みなどなくなるだろう。学生の本分が勉学である。だが、勉強していい成績を取っても、将来が安泰だとは言い切れない。
昔であれば、大企業に入って出世をすることを目標にできるのだろうが、今では大企業に入社できても、いつ倒産するか分からなかったり、統合合併で立場がどうなるかも分からない。実に不安定な社会を垣間見ている。
考えすぎかも知れない。
今となってみれば、そんな不安だった時期が懐かしい。実際に会社に入って実務をこなしたり、仕事に従事し始めると、そんな考えはどこかに飛んでしまった。要するに一生懸命にすることが一番の不安解消に繋がっている。今はそれでいいのではないだろうか。
そう考えると、表情も穏やかになってきたような気がする。
会社に入って最初にビックリしたのは、朝の事務所の雰囲気が重苦しいところだった。確かに朝の忙しい時間というのが殺伐としているのは仕方がないのかも知れない。だが、話しかけられない雰囲気があったり、目が合えば睨みつけられる雰囲気には、息が詰まってしまうのを感じた。
――俺なら、こんな雰囲気にはならないぞ――
と思ったものだった。
だが、研修期間が終わり、実際に仕事につくと、なかなかそうも行かないのが実情である。
まわりの人の視線が気にならないようになってきた。
――よかった、よかった――
と感じたが、本当によかったのだろうか。
よく考えてみれば、自分が雰囲気に馴染んだだけのことではないだろうか。雰囲気に馴染んだということは、自分も同じような雰囲気になっているということの裏返しである。
藤原の仕事は営業である。ルートセールスということで飛び込みというわけではないので、それなりに計画も立てられるので、やりがいはある。取引先の商談相手とのコミュニケーションも行き届いていて、少々の無理はお互い様だった。持ちつ持たれつで、営業成績も悪くはなかった。
どうしても保守的になってしまうと、それなりに平均的な数字は出せるだろうが、相手の信頼を受けるという点ではどうだろう? 先輩からの話の中で、
「守りに入ると、意外と苦労するぞ」
と聞かされていたが、最初はピンと来なかった。守りに入ってしまうと、相手から無理を言われた時に断れなくなり、結局自分の首を絞めてしまう。そんなことだってないとも言えない。それを実感するようになるまでに二年が掛かった。
「二年でここまで分かるのは、さすがだな」
先輩から言われた。それにも理由があったかも知れない。
会社に入って二年くらいは後輩も入ってこず、自分が一番下だった。先輩から見ると、いつまでも新人に見えるだろう。だから次第に分かってくる藤原を見ていて理解が早く感じるのは錯覚も入っているだろう。だが、藤原は実際に自分で体験すると、すぐに身体で覚える方だった。順応性に長けているのかも知れない。
モラルに対して、結構厳しい考えを持っていた。
携帯電話も電車の中はもちろんのこと、喫茶店などでも掛けたことがない。必ず表に出て受け答えをしていた。普通のモラルなのだろうが、あまりにも守らない人が多いことは、藤原以外の人でも分かっているはずだ。要はキチンと実行できるかどうかがモラルとしての評価なのだ。
ただ、最近ではそんな連中を露骨に毛嫌いする傾向にある。最初は、
――相手にしなければいい――
と思っていた程度だったが、今では、本気で腹が立つようになっていた。気性が荒くなったのかも知れない。
社会に対して、嫌な思いを抱いているのは、藤原だけではあるまい。たくさんの人が抱いているが、それがどの程度のものなのか分からない。ほとんどの人間がポーカーフェイスで、あまり怒りをあらわにする人が少ないからだ。
だが、何かがあった時は、さすがに怒りが噴出している。
藤原の住んでいる街は東京、大阪のような大都会ではないが、政令指定都市を抱えた都市である。私鉄も通っているので、それなりに都会と言えるだろう。
ある日、大雨に見舞われたことがあった。その年は、全国的に降水量が多い梅雨の時期だったので、ニュースは連日、必ずどこかで大雨の放送をしていた。
作品名:短編集49(過去作品) 作家名:森本晃次