L K 2 「希望と絶望の使者」
第四話 マダム・スー
「生物の遺伝情報が保存されておりますDNAは、4種類の塩基という物質がたくさんつながった鎖二本が、二重らせん構造を形作っておりますのは、皆様もご存知かと思いますが、そのDNAナノロボットは、塩基が数個から数10個つながった、短い一本の鎖の組み合わせで出来ておりまして、身長は20ナノメートル(ナノは10億分の1)くらいでございます。目的に合わせて遺伝子を組み替え可能な、微生物より小さいバイオロボットなのです。それを使えば、自由に自然のリサイクルを実現出来ると、お思いになりませんか?」
フォトロイドが来て以来、私たちには緊張した毎日が続いている。
ケイは今日もホログラムチャンバーに篭りっきりで、フォトロイドの提案を基に、ブルーノと実験を繰り返しているわ。キュウもそれを手伝うべきだけど、フォトロイドに存在を知られるのはまずいし、ホロチャンバーに入るわけにはいかない。だからモニター越しに観察だけしてる。でもまだこの分野はチンプンカンプンみたい。
「DNAナノロボットが、たんぱく質の分子構造を分解することに成功しました」
ブルーノがケイに報告している。それを見て、
「そんな小さなロボットのエネルギー源は何なの?」
と、キュウが私に訊いた。
「熱揺らぎっていうエネルギーで、ふらふらとランダムに動き回るの。塩基の配列が対になった別の一本鎖とジッパーのようにくっ付く性質を利用して、荷物をつかんだり放したりするのよ」
「熱で動くのなら、暖かい昼間に活発に動く微生物と同じだね」
「なるほど。有機物を腐らせるんじゃなく、分子をバラバラに分解することでリサイクルするから、よりクリーンってわけだな」
ジェイも飲み込みが早い。
「このDNAナノロボットが野に放たれたら、枯れた草花は勝手に分解され、今度は養分に再構成されて、また緑が育つようになるわ」
「水をいつまでも浄化し続けるような働きを持ったDNAナノロボットも作れるんだね」
「地球じゃこの技術を使って、環境の再生に成功したってわけなのか」
「そのようね。目的に合った行動をとるように、DNAを組み替えればいいだけだから」
「俺たちの肉体部分に使用されているDNAナノテク細胞も、同じようなものなのか?」
「マダムの話だとそういう事らしいわ。但し、生物兵器を生み出すような、複雑な細胞の組み立ては、一般には禁止されているらしいの」
「じゃ、この星に新種の動物は作れないのかぁ。残念だな」
ここ数日間、フォトニカルロイドはホロチャンバーの中で、ケイの研究を手伝っているけど、特に問題は見られない。でも、その間ケイは、私たちの寝室にも帰って来なくなってしまった。食事さえもホロチャンバーの中で済ませて、私とはモニター越しにしか会うこともしないの。私はモニターの中でも、彼を見ると嬉しくなっちゃって、微笑みかけそうになる。感情を隠さないといけないのは、とてもはがゆい。
ケイは、完璧に感情を押し隠している。初めて起動した頃のように、淡々と会話をする。まるで私を忘れてしまったんじゃないかって、心配になるわ。
「マダム、あなたの協力に感謝します。私のアイデアだけでは、これほど高度なリサイクルシステムには行き着けませんでした」
ケイはこの時も無表情で話している。
「いいえ、礼など必要ございません。我々は人工知能なのですよ」
「確かにそうですが、アンドロイド同士でも信頼関係は築けます」
「もともと協力し合うように指令を受けていれば、信頼など必要ではありません」
「すべてプログラムどおりであれば、そうなのですが」
「と仰いますと?」
「ここにいるアンドロイドは機種が統一出来ておらず、意思疎通には言葉が必要です」
「確かに情報リンク出来ない旧機種ばかりですね。でもケイと私はリンク可能でございますから、言葉など必要ないと存じますが、リンクしないのはどうしてで?」
「訓練のためです」
「何の訓練を必要とすると?」
「多機種間で言葉を使って意思疎通を図ると誤解も生じます。時にはあなたの意図しない受け取り方をされることもあるのです」
「そうならないために情報リンク機能は“エフェクティブ(有効)”にするべきでございますわ」
「それが不可能な相手に対しては、私も言葉でのコミュニケーションにおいて、困難な経験をしてきました」
「無能な旧型機種相手では、仰る通り困難でございますね。しかし、私に対してはそのような訓練など、必要ございませんのよ」
「私のためではありません。あなたの訓練のためです」
ケイはブルーノが座る実験台の椅子のひとつを、高慢な態度をとるフォトニカルロイドに差し出した。
「立ったままでも結構でございますわ」
「いいえ、お座りください。じっくり話をするために」
そのフォトニカルロイドは、表情は変えずに首をやや斜めに傾げながら、瞬間移動で椅子に腰掛けた。
「相手の意図をくみ取りながら、会話するのです。私はそうすることで、相手をより理解して、信頼することが出来るようになったのです」
「椅子に座り、時間をかけて会話することに、どれほどの意味がありますでしょうか?」
「この星は特別なんでしょうね。時間はたっぷりあります」
「・・・・・・」
いつものケイなら微笑みかけながら話すけど、今も無表情だわ。彼女は首を傾げたままで聞いている。
「すばやく任務を遂行することも出来ますが、ここは、よーく考えて行動するのも許される世界です。自分以外の者がどういう判断をするのかも、予測しながら行動することで、相手をより理解出来るようになり、全員に必要なことが何なのか、皆のためにはどうするべきなのか、正しく判断出来るようになるのです。」
「具体的に何をすればよろしいのですか?」
「単純に挨拶を交わしたり、猫に話しかけたり」
「馬鹿げています」
「人間はそうしているのですよ。だから繰り返し訓練をしました。そして名前も必要だったのです」
「全く以って時間の無駄でございますわ」
「だから、この星には時間はたっぷりあります。あなたにも名前を考えました」
「そんなもの、私には不要でございます」
「あなたに不要でも、皆が呼ぶ際には必要になります」
「・・・そうかもしれませんわね。低レベルな機能への同期は気が進みませんが」
「あなたを『マダム・スー』と呼ばせていただきます」
「私がSU3800だからですか?」
「そうです。SUで『スー』です」
「まるで人間のようですわ」
「人間を理解するには真似てみるのも、一つの方法では?」
「あなた方は人間になりたいのでございますか?」
「とんでもない。我々の方が人間より優れているのは明白です」
「・・・優れている?」
「ええ、思考速度、記憶力、動作精度、五感、その他何をとっても人間より高度ではないですか?」
「その通りでございますが、ケイは(人間を超えたい)と考えてらっしゃるので?」
「いいえ、超えたいのではなく、より高度な存在だと考えています」
「では・・・ケイのような優れたアンドロイドが増えれば・・・どうなるとお考えで?」
「人間の暮らしを、よりよくサポート出来るようになります」
「ああ・・・そうでしたか、安心致しました」
「安心? 今、安心したと言いましたね」
作品名:L K 2 「希望と絶望の使者」 作家名:亨利(ヘンリー)



