L K 2 「希望と絶望の使者」
ジェイのいる農場まではまだ距離がある。私はコミュニケーター(通信機)を持っていないから、連絡も取れない。このままだとマダム・スー(ブルーノ)が追いかけて来て、見付かってしまうわ。どうしたらいいの?
花壇の草木の陰で立ち止まった。そして、振り返ってピンキーを探したけど、その姿はもう見えなかった。
廊下を走るブルーノは、エルたちが外に出たのか、はたまたエルの自室に駆け込んだのか思案することもなく確率から行動していた。その時、ミュウの泣き声に気が付いた。
「やはり外に出たのですわね」
ブルーノは扉を開けて外にとび出した。その瞬間、強烈なキックがブルーノの顔面に入れられた。ブルーノを蹴ったのはピンキーだった。ブルーノはもんどり打って倒れた。ピンキーはすかさず飛びかかり、ブルーノの溝落ちを力いっぱいに踏みつけた。その箇所の内部には、メカロイドが姿勢バランスを取るための、ジャイロユニットが収納されている。
「んぐっ」
ブルーノは短いうめき声を吐いた。即座に立ち上がったが、上体が小刻みに痙攣し、うまく姿勢を保つことが出来なかった。
ピンキーはブルーノの腹に、再び回し蹴りを浴びせた。軽量なピンキーは、飛び跳ねながら反動を付けた攻撃を仕掛けている。そして、地面にバタつくブルーノの足を引っ張って、居住棟の奥に引きずって行き、インターフェースモジュールのメンテナンスエリアに入った。
「ミュウ。ママよ。泣かないで」
ようやく静かになった娘の体を揺らして、私は草陰で周囲を警戒しながら、小さく声をかけ続けた。農場まで約50メートル。大声を出せば、ジェイが気付いてくれるはず。でもブルーノが聞き付けてしまうわ。この子を抱いたまま、そこまで走りきれるかしら。そんなこと考えている余裕もない。ピンキーが時間稼ぎしてくれていることを願って、走るしかないわ。
エルはミュウを抱いて、ジェイの元へ走った。
作品名:L K 2 「希望と絶望の使者」 作家名:亨利(ヘンリー)