L K 2 「希望と絶望の使者」
「今日ぐらいの陽気だと、このわずかな熱量の差でも10ピコグラム程度の質量に変換されるはずだから、理論上110ピコグラムで、妥当なDNAナノロボットの数になるはずだ」
ケイは自信を持って、ブルーノに指示しているわ。彼は私が最初に伝えた「もっと人の住みやすい星にしたい」って望みを忠実に実行してくれているだけなんだけど、私にとっては、たった一人でこの星の開拓を始めた時から比べたら、ものすごい変化の瞬間なのよ。今までは、持ち込んだ家畜や、人工的に管理した植物を相手にしてきただけだったけど、今日からは、私たちの手を離れて、自然な生命活動が繰り返されていくことになるんだから。
「まさに、大地に生命を吹き込む瞬間ね」
「その通りです。これからすべてが始まるのです」
「あーーーぁーー」
ミュウが可愛い声を上げた。ブルーノは作業の手を止め、また首を傾げてミュウを見た。ピンキーがミュウを腕に抱きながら顔を寄せ、大きな目を細めて微笑みかける姿を私たちは見守っているわ。皆はどう思っていたか分からないけど、きっとこの子が豊かに育つことが出来る世界を、想像してくれていたに違いない。
ブルーノがストレージケースから取り出した器具を地面に挿した。中に入ったDNAナノロボットを地中に注入していくためだ。
「エル様。最初はあなたがトリガーを引くべきですわ」
そんなことをルージュが申し出てくれた。この子、気が利くわね。
「そうですね。エル、この仕事はあなたにこそふさわしい」
ケイも同意してくれたわ。
そして私は全員に見守られながら、その輪の中心に立ち、注入器のトリガーに指をかけた。
「アップルがすべての生命の揺り篭となりますように」
私は目を瞑り、まるでお祈りでも唱えるみたいに言ってから、ゆっくりと指を引いて、大地に生命を注入していったわ。
「これだけ?」
キュウが聞いた。
「はい、そうです」
ブルーノが答えた。
「なんだか、手応えも何もないわね」
私が地面から注入器を引き抜くと、タックがその部分の匂いを嗅いでる。
作品名:L K 2 「希望と絶望の使者」 作家名:亨利(ヘンリー)