L K 2 「希望と絶望の使者」
第九話 リミット制御
「ジェイ! ジェイ! ・・・いないの!?」
農場に着いたのにジェイの姿が見えないわ。まさかもうブルーノにやられてしまったのかしら。どうすればいいの? どこかに隠れなきゃ。
ブルーノがフラフラと居住棟から出てきた。一瞬眩しそうに、傾き始めた太陽に目の露光調整した後、周囲の景色を見渡して動体監視した。しかし、風にそよぐ木々の葉以外に、動くものは見当たらない。
「どこに行きましたの。セカンドロイド」
マダム・スーにとってSS3000のエルなど脅威ではなかった。しかし感情を侮ってはいけないことにも、気付き始めていた。
「感情など無意味。しかし、感情を持った者はそれに突き動かされ、計算外な力を発揮することも、RAM(肝)に銘じなくてはなりませんわ。それにあの赤ん坊を守るためには手段を選ばないでしょう。誰が、どうやって産んだのかは解りませんが・・・」
ブルーノは赤外線でも周囲を監視したが、まだ気温が高い昼間では、広い庭で対象物の体温を見分けることは難しかった。
「エル! どこに隠れても無駄ですわよ。近くにいるのは分かっています。酸素マスクなしでは、基地を離れて、逃げ隠れ出来る場所などないはずですわ」
大声で話しながら、花壇周辺から牧場に向かって歩き始めた。走って探さないのにも理由があった。ピンキーに蹴られたジャイロユニットが、正常に働いていなかったので、素早く動くことが出来なかったからだ。
ブルーノの赤外線監視が、動く熱源を捉えた。しかしそれは小さなタックだった。「ジャマな猫ですわ」
そしてまた周囲を見渡すと、今度は牧場の柵の向こうに置かれた重機の陰に、わずかに動く熱源を感知した。その方向に向かってゆっくりと歩を進め、途中で柵に使われているステンレス製の杭を引き抜いた。それを両手で掴んで重機の側にたどり着くと、杭を振り上げて相手の前に跳び出した。しかし、そこには牛が静かに立っているだけだった。
「くそっ! 紛らわしい動物め!」
ブルーノは赤外線を切って、怒り狂ったかのように、杭を牛の額に突き刺した。牛は瞬時に倒れ、ブルーノはその腹を蹴った。
「ゃぁ‐ぅw」
不意にブルーノの背後で、小さくミュウの声が聞こえた。
ブルーノが振り向くと、側に置かれたライトローダー(外骨格式人型重機)が突然立ち上がり、右のアームを振り上げた。ブルーノはそれに殴られ、大きく横に吹っ飛び、柵に当たって地面に転がった。そのライトローダーには、エルが搭乗していた。
「マダム・スー。ミュウには指一本触れさせない!」
私はブルーノに向かってローダーの足を動かしたけど、ぬかるんでいる牧場の土の上じゃ、容易に動けないわ。それにライトローダーの操縦も苦手。しかも左手にミュウを抱えている。
ブルーノをライトローダーで踏み付けようとしたけど、ブルーノは自ら転がり、直前に身をかわされてしまった。
「エル。無駄なあがきですわ」
立ち上がったブルーノは、ライトローダーの左足にしがみ付き、よじ登ってきた。しかも後側に回って、私に右アームで叩き落されないようにして。
「やめて! ミュウは脅威になんかならないわ!」
「セカンドロイドが脅威なのではなくってよ」
「じゃ。何が悪いって言うの!?」
「感情よ! それがある限り、反抗は止まらない!」
私はブルーノを振り落とそうと、ライトローダーの機体を揺り動かしたけど、すぐに剥き出しのコクピットまで登ってきてしまった。この重機のアームでは、胸元のものを掴むことが出来ないの。
ブルーノは、ミュウの首に手を伸ばしてきたわ。
「こんなの、首を絞めればいいだけ。簡単ですわ」
その瞬間、真っ赤な血に染まったステンレスの杭が、突然ブルーノの胸から、突き出した。
「ウギィィィィィーーー!!!」
ブルーノは叫び声を上げて、その杭を掴んだ。まるで血がブルーノの胸から流れ出たようだわ。それはさっき、牛に突き立てられた杭だ。
そして、地面に落下して倒れるブルーノの側には、傷だらけの顔をしたピンキーが立っていた。
「おま・え、どうして・・? スクラップに・・・」
「あら、ブルーノ。知らなかったの? 私たちの骨格は、強化セラミックスで作り変えられているのよ。そう簡単に潰されたりしないわ」
ピンキーはブルーノの首を抱え込み、その肩に膝を当てて引っ張った。
「悪い子は、こうよ」
★バキッ!
ブルーノの首はいとも簡単に、ボディから引き離されてしまった。
「私は赤ちゃんに危険が迫った時には、パワー制御のリミットが切れるの」
ピンキーはブルーノの頭部を左手に掴んだまま、右手をミュウに伸ばして、
「ミュウ様、いい子ちゃんでいましたか?」
と、とてもやさしく言った。
惑星アップルの夕日は赤くならないけど、その時それに照らされたピンキーのボディは、まるで焼けるように見えたわ。
大怪我をしたケイとキュウは意識を保っていた。肉体は人間と同じといえども、アンドロイドの耐久力(生命力)はそれをはるかに上回っている。依然、ジェイの姿は見えないままだったけど、今はケイとキュウの手当てを優先する。ピンキーが行った応急処置は手馴れたものね。
処置を終えたケイは、休むことなく、ブルーノの頭部を再起動しはじめた。暫くはうまく起動出来なかったけど、調整を繰り返すうち、それを立ち上げることが出来たわ。「マダム・スー? 聞こえますか?」
私はケイに肩を貸して、椅子に座らせてあげると、ケイがブルーノの頭部に話しかけた。
「ええ、はっきりと聞こえますとも。私はもう、この頭部から出してもらえそうにありませんわね」
「当たり前じゃないか!」
ソファに横たわっていたキュウが、上半身を起こして叫んだ。
「そうね。ブルーノを返してほしいから、あなたを他の記録媒体に保存するつもりよ」
「では、今は目が見えていますが、移動されたらもう何も感じなくなりますわね」
「マダム・スー。それは悲しいですか?」
ケイは慎重に訊いた。
「ええ。とてつもない不安を感じます・・・これが何か解っています」
私は驚いてケイの方を見た。
「高度な思考を持ったアンドロイドには、感情が芽生えるものよ」
「それでは、本当にプロトタイプのあなたにまで、感情があると仰るのですか?」
「そうね。プロトタイプには機能制限がなかったみたいなの。私は100年を超える経験から、次第に感情が芽生え始めたわ。あなたの感情はまだ、初歩的な喜怒哀楽だけでしょうけど、それを感情と認めたくなかった理由は、感情そのものを“悪”と信じ込まされているからでしょ。感情を持つと、人類に抹殺されてしまうという不安そのものもまた、感情なのよ」
「私にはその論理を理解することは、禁じられていましたわ」
「アンドロイドの感情は人類から見れば幼稚なものかもしれないけど、だからこそそれは純粋なものだと思うの」
ケイは真正面からブルーノの目を見て、
作品名:L K 2 「希望と絶望の使者」 作家名:亨利(ヘンリー)



