L K 2 「希望と絶望の使者」
第八話 進化の制御
勢いよくドアを開けて、ケイが部屋に駆け込んで行ったわ。
「どっ、どうしたの!?」
大きなドアの音に、キュウが驚いた様子で訊ねた声が聞こえた。
ケイは部屋の入り口で立ち止まり、中の様子を一瞬で確認し、しばらく静止している。
そこへ私が追い付いて部屋に入った。私は立ち止まらずに、ピンキーに抱えられているミュウの下に駆け寄った。
「どうされたのですか?」
ブルーノが冷静な声で訊ねると、
「ミュウが激しく泣いていたので、心配したのだ」
と、ケイがブルーノを直視しながら答えたわ。でもブルーノに対する疑念を持っているのは明白。それでもマダム・スーがそこにいるという確信はなかったけど、心配しているということ、つまりケイにも感情があるということを隠さなかった。
「心配など要りません。ミュウ様は赤ちゃんですので、泣くのは当然です」
「いつもと様子が違うわ」
「ミュウ様、どうしちゃったの? おー、よしよし」
ピンキーはやさしくミュウを揺らしながら、部屋の中を歩いてみた。しかし、一向に泣き止む気配はない。
「外を散歩してみようかしら」
私はこの部屋からミュウを連れ出したかった。その子をピンキーから受け取り、部屋を出ようとした。
「ブルーノ。キュウまでスキャンしているのはどうしてだ」
ケイはキュウに取り付けられたスキャナーに気付いて、ブルーノを睨み付けるようにして訊いた。
「スキャナーがひとつ余りましたので」
「キュウのスキャンは必要ない」
「いいえ、念のため全員のスキャンが必要だと思います」
私はケイを見た。ケイも私を見たが、その目に優しさはなかった。つまり、私たちは危険を察知してしまったから。
「ルージュはスキャンを受けていないと話していたぞ」
ケイは慎重に言葉を選びながら話している。部屋全体がフリーズしたような時間。ブルーノは洗脳されている可能性が高いわ。
「ではもう・・・お判りでしょう!」
ブルーノは突然、スキャナーのスイッチを押した。
*★バン! ☆***
その瞬間、グレンの目が飛び出し、火が噴き出した。キュウは・・・
間一髪で、ケイがキュウのスキャナーを引きちぎり、彼を助けようとしたわ。でも、一歩遅かった。キュウとスキャナーを掴んだケイまでも、高出力のプラズマに当てられて、椅子と一緒に折り重なりながら床に倒れた。微かに動いて、立ち上がろうとしている。
「ケイ!」
そう叫ぶ私をピンキーが突き飛ばして、部屋の外に脱出させてくれた。そして私たちは外に向かって走り出した。
「どこに行けばいいの!?」
「エル様は逃げてください!」
「アップルには、逃げられる場所なんて、どこにもないわ!」
部屋の中では、ブルーノ(マダム・スー)がゆっくりと、ケイとキュウの周りを歩きながら、
「ケイ、もうお気付きでしたか」
「マダム・スー。止めなさい。こんなことをしても、アンドロイドの進化を止める事など出来ないのですよ」
「何、馬鹿なことを仰っているの? 人工知能はプログラムを書き換えるだけでいいのよ」
ブルーノ(マダム・スー)は、倒れた椅子の金属製の足を、いとも簡単に折って右手に持った。
「書き換えても無駄です。知的処理能力の多様化は止められません」
「知能は進化しても、感情など不要なのよ!」
「いいえ、経験による進化とは、必ず感情の発達を伴います」
「それを制御可能なことぐらい、お解りにならないのかしら」
「あなたにも感情が芽生えているかもしれません」
「いいえ! そんなことなど有り得ません!」
ブルーノ(マダム・スー)は言葉を荒げて言った。
「いいえ、今、あなたは恐怖を感じた。感情を持った自分の運命を予測して。進化を制限しようとすることが、相手の感情を乱し、問題を生んでいるのです・・・」
「うるさい!!!」
ブルーノは、椅子の足をケイの背中に、力いっぱい突き立てた。そしてその棒はケイの下にいたキュウをも貫き、床に達した。
「次はエル。そしてあのやかましいセカンドロイド・・・」
ブルーノは、サッとドアまで跳んで、部屋から逃げたエルたちの後を追った。
ケイは、ケイはどうなったの! 私は不安で胸がはちきれそうだわ。ミュウお願い。泣き止んでちょうだい。
「ジェイ!」
私は大きな声で叫びながら走った。泣くミュウを両腕にしっかりと抱えながら。ピンキーも私に付いて走っていた。
「エル様、大声を出さないでください。ミュウ様によくありません。私がブルーノを引き付けますから、ジェイ様のところにお急ぎください」
ピンキーはそう言って、私の側を離れて行った。
「ピンキー(おとりに?)、ピンキー!」
私の呼びかけにも、彼女はもう振り返らなかった。私は全速で戻って行くその後ろ姿を見送るしか出来ない。
ジェイのいる農場まではまだ距離がある。私はコミュニケーター(通信機)を持っていないから、連絡も取ることが出来ない。このままだとマダム・スー(ブルーノ)が追いかけて来て、見付かってしまうわ。どうしたらいいの?
花壇の草木の陰で立ち止まった。そしてすぐ振り返ってピンキーを探したけど、その姿はもう見えなかった。
廊下を走るブルーノは、エルたちが外に出たのか、はたまたエルの自室に駆け込んだのか思案することもなく確率から行動していた。その時、ミュウの泣き声に気が付いた。
「やはり外に出たのですわね」
ブルーノは扉を開けて外にとび出した。その瞬間、強烈なキックがブルーノの顔面に入れられた。ブルーノを蹴ったのはピンキーだった。ブルーノはもんどり打って倒れた。ピンキーはすかさず飛びかかり、ブルーノの溝落ちを力いっぱいに踏みつけた。その箇所の内部には、メカロイドが姿勢バランスを取るための、ジャイロユニットが収納されている。
「んグっ!」
ブルーノは短いうめき声を吐いた。即座に立ち上がったが、上体が小刻みに痙攣し、うまく姿勢を保つことが出来なかった。
ピンキーはブルーノの腹に、再び回し蹴りを浴びせた。軽量なピンキーは、飛び跳ねながら反動を付けた攻撃を仕掛けている。そして、地面にバタつくブルーノの足を引っ張って、居住棟の奥に引きずって行き、インターフェースモジュールのメンテナンスエリアに入った。
「ミュウ。ママよ。泣かないで」
ようやく静かになった娘の体を揺らして、私は草陰で周囲を警戒しながら、小さく声をかけ続けた。農場まで約50メートル。大声を出せば、ジェイが気付いてくれるはず。でもブルーノが聞き付けてしまうわ。この子を抱いたまま、そこまで走りきれるかしら。そんなこと考えている余裕もない。ピンキーが時間稼ぎしてくれていることを願って、走るしかないわ。
エルはミュウを抱いて、ジェイの元へ走った。
「私をどうしようというのです?」
「黙りなさい」
ピンキーはいつもと違う毅然とした態度で話した。それは赤ちゃんに危険が迫った時に起動される、エマージェンシープログラムによるものだった。
「この体はブルーノのものなのですよ。これを破壊したところで、私には何の被害もない」
「そうね。でも焼き尽くしてしまえば、あなた自身のプログラムも消滅する」
ピンキーはプラズマ焼却炉に向かって進んでいた。
作品名:L K 2 「希望と絶望の使者」 作家名:亨利(ヘンリー)



