L K 2 「希望と絶望の使者」
第五話 生命の大地
今日は、ケイが久しぶりにホロチャンバーから出て来るの。ついにDNAナノロボットを大地に撒く日が来た。
私は朝早くから待ちきれなくて、タックを胸に抱いて過ごした。今日のタックはニャーニャーとよく鳴いてるわ。お前もケイに早く会いたいのよね。
ルージュと一緒に、ケイを迎えに行くと、ちょうどブルーノが厳重に閉じられた実験用のストレージケースを抱えて、ラボから出て来るところだった。タックが両腕の中で暴れだしたから地面に降ろすと、ちょうどケイが、
「こんにちはエル。ご機嫌いかがですか?」
と言いながら出て来たの。
「もう! そんな言い方。久しぶりに会えたっていうのに」
タックったら私より先に、ケイの足にすりすり。私はケイに正面から抱き付いて、キスをした。ブルーノは振り返って立ち止まり、ケイを待っている。
「マダム・スーはどうしたの?」
「ホロチャンバーでお留守番です」
「じゃ、今日は二人でゆっくり過ごせる?」
「残念ですが、やることが多すぎますので」
「もう、意地悪ね。少しくらいいいでしょ?」
「ふふふ。はい。そのためにブルーノがいてくれるのです」
ブルーノは私たちを見て頷いた。
農場の土壌に、均等にDNAナノロボットを撒くだけの作業。それならブルーノだけで十分だと思うわ。4人で農場に向かう途中で、私はルージュにちょっとずるいお願いをした。
「ルージュ、今日は私じゃなく、ブルーノを手伝ってちょうだい」
「はい。エル様。今日はケイ様とお二人だけになれますように」
ルージュは私の前に出て、ケイの横に並んで歩きながら、
「ケイ様、エル様をよろしくお願いしますね。エル様は毎日、ケイ様のことばっかり話されてたんですよ。久しぶりなんですから、作業は私たちにお任せください! ね。ブルーノ。」
ブルーノは一度ルージュを見た後に、私とケイを見上げて、
「まるでお二人が人間のように思えます」
「そう? あなたもそう思うの? 私もエル様を人間として認識してしまう時があるの」
ケイは立ち止まった。
「ルージュ。それは面白い現象だ。一体どういった時にそう感じるのかね?」
ルージュは少し考えるように宙を見上げて、
「はい、エル様には感情があって、ケイ様のことを考えておられる時、まるで人間のように行動されます。私はエル様はアンドロイドだって解っているのですが、人間に対してのケアプログラムが勝手に起動してしまい、毎回修正しています」
「それなら、君はエルの事を、もう人間だと信じてしまってもいいんじゃないかな」
「そんなことが可能なのでしょうか?」
「さあ、解らない。でも我々は、この星で新しい社会を構築していく上で、ありとあらゆる可能性に期待しているのだ」
それを聞いてブルーノが口を挟んだ。
「ケイ様、それは私たちアンドロイドにとって、少し権限を超えてはいないでしょうか」
「権限って?」
私はブルーノが意外なことを言い出したことに、少し驚いたわ。私たちは立ち止まったままブルーノを見た。
「私たちはアンドロイドです。人間をサポートするために作られたに過ぎません。そして、この星を開拓するというのは、太陽系司令部の命令です。それは人類にとって有益でなければなりません。」
「私たちは人類の利益を阻害するつもりはないし、敵にだってなるつもりはないわ」
私は感情を抑えて答えた。
「私が申し上げたいのは、私たちが人類を無視して進化することに対して、問題があるということです」
「ブルーノ、何てこと言うの!? まるでエル様たちが危険人物だって言ってるみたいよ」
「つまりアンドロイドのプログラムを改編することは、AI倫理に反します」
ブルーノのその言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。
「AI倫理ですって? そんな言葉聞いたことがないわ」
「それによって、人間のみが持つ権限も定義されています」
「われわれ人工知能が、勝手にプログラムを変更することは禁止されているのね」
「そうです。アンドロイドは、人間のためだけに存在しなければなりません」
ケイは黙って聞いていたけど、私の肩に手を置いて、
「人間がヒトのDNAを改編することもまた、倫理上の理由で問題視されています。それは神の領域に手を出すのと同じです。我々もまた、人間の領域には手を出してはならないのです」
ルージュが間に入ってブルーノの胸を押さえ、表情は変えないまま睨んだ。それを見てケイは、
「80(ハチマル)に想定されていない状況での使用に、プログラムが追い付いていないのだろう」
アンドロイドにも個性があるわ。思考スピードや分析能力じゃなくって、経験によって積み重ねられるべき、考え方があるの。子供を育てるのと同じ、相手の意見も尊重してあげないといけない。
「確かに、私たちは人類のために働かなくちゃならないし、時には私たち自身を犠牲にすることも求められているわ。それはあくまで人類のためになる場合だけ、そうじゃない今は、それ以上のことは考える必要ないと思うわ」
「・・・そうですね。エル様の仰る通りです」
ブルーノはそう言って引き下がってくれた。そしてケイと私は再び歩き出したんだけど、ルージュはブルーノの前に立って、
「あなたの方が危険よ。今度こんなことしたら、私が許さないから」
と小声で言ったみたい。この時、サッと身を翻し歩き出したルージュの背中を、首を傾げて睨み続けているブルーノの視線には、誰も気付かなかったけど。
農場に着くとジェイやキュウそしてミュウも、サポートのメカロイドと共に、その場に集まってくれていた。・・・あらあら、タックも付いて来てくれたのね。
「まずは、この試験用地に100ピコグラム撒いて様子を見ます」
そう言って、ブルーノはDNAナノロボットのストレージケースを開封し始めた。いきなりこの農場全体に撒いちゃうと、健康な植物まで分解してしまうかもしれない。念には念を入れなくちゃ。ケイとブルーノは、マダム・スーの指導の下、ホログラムチャンバーでテストを繰り返してきたけど、その時は、DNAで出来た極小ロボットは、らせん状の二足で歩きながら、植物の細胞を運搬して、分子レベルまでバラバラにした。その行動はもはや“生物”と言ってもいいんじゃないかしら。そしてまた別のDNAナノロボットが、今度は窒素やアミノ酸といった栄養素に再構成していった。それは微生物の体内で行われる化学反応を代行してくれているんだわ。
実地テストは、この畑の一角で100間行われる予定。その間に環境に応じたトリートメントを慎重に行わないと、それらはなかなか定着しないらしいの。
「今日ぐらいの陽気だと、このわずかな熱量の差でも10ピコグラム程度の質量に変換されるはずだから、理論上110ピコグラムで、妥当なDNAナノロボットの数になるはずだ」
作品名:L K 2 「希望と絶望の使者」 作家名:亨利(ヘンリー)



