コンビニでバイトしてみた
先日、近所を徘徊 散歩していると後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには中学の同級生がコンビニのユニフォームを着て立っている。
彼の家がこの近くだったことを思い出す。近況ついでにユニフォームのことを訊ねると、実家でコンビニを営んでいるとのこと。
もともと彼の実家は父親が始めた漬物問屋だった。早くに他界して母親が切り盛りしていたが、時代の流れには逆らえず、その後コインランドリーに変身し、そして現在はコンビニらしい。
「立花(仮)、相談したいことがあるから夜うちに来てくれないか?」
こちらは二六時中暇を持て余している身、都合の悪いはずもなく夜に訪ねることにした。
頭脳系のあたくしと違い、体育会の彼は海洋系の大学に進んだ。卒業航海を控えたある日、彼から吉原に誘われたことを思い出す。なんでも卒業航海で海外へ行くと教官や先輩から現地の飾り窓へ強引に連れて行かれるらしい。「初めての女性は日本人で!」との要望で一緒に吉原へ行くことに……、すでに幾代太夫や高尾太夫は吉原には居なかった。
「立花(仮)、一週間だけうちのコンビニで働いてくれないか?」
彼の家で盃を傾けながら聞けば、春休みでアルバイトの集まりが悪く、シフトをやりくりしても深夜が人手不足になってしまうとのこと。彼のポリシーとして外国人は雇いたくないらしい。まあ、年寄りが多い地区だし、外国人というだけで敬遠する客がいることも理解できる。
最近話題になった二十四時間営業について訊ねてみると、
「都電の最終は零時前だけど、京浜東北は午前一時までだから、なんだかんだで二時くらいまで終電の客はいるし、何より年寄りは朝が早ぇんだ。夏なんかは明るくなる四時ごろから動き出すんだぜ。『抜け雀』の雀かってんだ」
そういえば彼も落語が好きだった。というより彼の影響でこちらも落語好きになったくらいである。カセットテープを何度も借りて聴いていた。志ん生・文楽には間に合わなかったが、圓生・正蔵を聴けることを互いに喜んだものだった。そんな彼が話を続けた、
「二丁目の公園が半分ゲートボール場になったから、うちで買い物してからゲートボール場へ向かうんだ。お茶請けなんかが売れるんだよ」
反面、お茶などは売れないらしい。
「お茶は自分ちで作ってくるから売れないな。そのかわり、歯に触らないお茶請けの梅干しとか、甘納豆が売れるんだ。まったく、『明烏』か? っての」
彼のぼやきはともかく、一週間限定でコンビニの深夜アルバイトを引き受けることになったしだい。ただし、気になる点をひとつ確認した。それは、見てのとおり丸坊主だけど、構わないのか? ということ。髪が伸びるのを待っていたら三年目になってしまう(^^)
「坊主頭なんかはダレも気にしないよ。それに鷹司は目が優しいから問題なし」
また、彼からの注意事項もただひとつ、同じ時間帯のアルバイトについて、
「学生アルバイトなんだが、仕事はこなすし,手癖が悪いわけでもないが、最近の若い奴にありがちな口の利き方が少々生意気でな。まあ、俺らの若いころも大概生意気だったけどな~。ともかく、うまくやってくれ」
いよいよコンビニバイト初体験の初日。日付が変わる少し前にオーナーである同級生は、あたくしを件のバイト君に紹介し、オペレーションに関する簡単なレクチャーを授けて自室に引っ込んだ。
コンビニでの仕事は、昔取った杵柄の商品管理、初めての接客レジ、懐かしくも新鮮であった。
深夜に入荷した商品を収め終わるとしばしの閑散期が訪れる。その間に店内の商品レイアウトを頭にたたき込もうとウロウロしていると……。バイト君がバックヤードで何やら電話をしている様子。静かな店内では聞き耳を立てずとも自然と声が入ってくる。
「……、結構良く動くオッサンが入ったから暇なんだ」
オッサンとはあたくしのことか?
「おわったら部屋へ行っても良いかなぁ?」
どうやらバイト君の好い人と話しているらしい。
「えっ!? オッサンのこと? 半分爺みたいな歳。あの歳でバイトしているようじゃ、人生の負け組だな。お先真っ暗みたいな?」
まあ、オーナーもあたくしのことを詳しくは説明していなかったし「負け組」と見られても仕方ないか? 電話が終わるとバイト君がレジ前にいるあたくしのそばへとやって来た。
「ねえねえオッサン、オッサンはなんでこんなところでバイトしてるの?」
なるほど少々生意気だ。四月馬鹿には早いが、いたずら心が芽生えた。
「実は刑務所から出てきたばかりで……」
その時のバイト君の顔といったらお目にかけたかった。顔色をなくすというか、表情が消えるというか、目が点になっていた。すかざずたたみかける。
「飲み屋で隣に座ったチンピラに因縁を付けられましてね。無視していたらナイフを出して脅してきたもんだから、思わずビール瓶で殴ったらポックリ死んじゃいました。アハハハ。それで執行猶予なしの傷害致死で五年入ってました」
それからの彼は素直でこちらに気遣う良い若者になった(^^)
しかし、これに追い打ちをかけるような出来事が起こる。
シフトも終わりに近づいた明け方、黒に白のラインが入ったジャージ姿のチンピラ風の男が入店してきて、レジから離れた奥で雑誌を立ち読みし始める。バイト君はあたくしの袖を引いてバックヤードへ連れ込むと耳打ちしてくれた。
「あの人ヤバイですよ。必ず煙草を買うんですが、年齢認証をタッチしてもらおうと声を掛けたら怒りだして、オレが二十歳未満に見えるのか!? どんな目をしてるんだ! そんな役立たずの目なんかくり抜いて銀紙でも貼っておけ! なんて言われちゃいました。ヤバイ人です」
「でも、規則は規則ですから、ここはあたくしがきっちり言って聞かせましょう。まあ、見ていて下さい」
あたくしは平然と言ってのけたが、バイト君はオロオロするばかり。種明かしをすると何の事は無い、ジャージ姿の彼は,たしか土建屋を経営している遠山君(仮)といって、先年他界した弟とは小中の同級生で知り合いだ。弟の葬式にもきてくれて、涙で唇を震わせていた。ここいらでバイト君にも正直に打ち明けていたずらしたことを詫びようと考えていた。遠山君がサンドイッチとドリンクを手にレジにやって来て、
「煙草、120番」
実にぶっきらぼうだ。まだこちらには気づいていない。120番の煙草を手に取り遠山君に声を掛ける。
「年齢認証をお願いします」
「あ~!?」
こちらを睨んだ彼はどうやらあたくしに気づいたらしい。
「あ、兄ぃ」
そう、彼は弟の兄であるあたくしのことを小学生のころから兄ぃ兄ぃと呼んでいた。
「久しぶりだね。元気にしているようで何よりだ」
「親分の葬式以来ですね」
弟の名前はある侠客に似ていたため、小学校からあだ名は「親分」だった。
「あのときはお世話になったね。ありがとう」
「何を言ってるんですか。兄ぃこそ大変だったでしょう」
そばでバイト君は震えている。きっとこいつらは本物の893だと思っているに違いない。
「それより、年齢認証してくれよ」
「あ、はい、すんません」
実に丁寧にタッチしてくれた。そして、話しかけてくる
作品名:コンビニでバイトしてみた 作家名:立花 詢