愛シテル
ドクター・レイブラッドはグリフィス家の本当の主治医である。リクヤの方が一枚も二枚も上手だったと言うわけだ。思わず落胆のため息が吐き出される。その後に咳が続いた。ハミルトンは額のタオルを換えながら、慰めるように付け加えた。
「ですがユアン様、ドクター・ナカハラはこちらを出られるまで、ずっと付いて下さったのですよ。夜明け前からすごいお熱でしたからね。ご自分もまだ本調子ではないご様子でしたのに」
「リクヤが?」
「ええ、お薬を飲ませて頂いたことを、覚えてらっしゃいませんか? それで少しマシになられたので、病院に戻られたのですよ」
「口移しで?!」
このユアンの反応には、さすがのハミルトンも吹き出した。
「いつものユアン様で、安心いたしました」
ドアベルが鳴る。「ドクター・レイブラッドでしょう」とハミルトンは肝心のところを答えずに、笑いながら玄関ホールへと向かった。
リクヤが看病をしてくれていたことは意外だった。口移しで薬を飲ませ――と思うことにした。その方が更に幸せな気分になれる――、出かける時間になるまで傍らについてくれていたのだと知ると、頭の痛さや身体のだるさも緩和される。これで帰りに様子を見に寄ってくれれば申し分ないのだが、ユアンはそこまで期待しない。
悲しい時や辛い時には楽しいことを考えようと歌ったのは、『サウンド・オブ・ミュージック』のマリアだった。
回復したならマクレインに行き、そして不機嫌なリクヤの表情を見て、デートに誘う。彼はけんもほろろに断るだろうが、そのやりとりはきっと楽しいものになるだろう。ユアンは痛む頭で自分なりに楽しいことを思い浮かべた。
リクヤはいつもその感触をユアンの腕に残すだけだ。ロサンゼルスでも、昨日の車内でも。
ただそれは、決して消えずにユアンの中に留まり続ける――甘い記憶となって。