愛シテル
ユアンがリクヤの姿を見られたのは、時間にして数十秒に過ぎない。声などとてもかけられる状況ではなかった。空の救急車と入れ替わるようにして、また一台、救急車が横付けされた。何か大きな事故があったのか、引っ込んだリクヤが再び姿を現した。
――また前髪が伸びてる
前ボタンの外された白衣が、リクヤの動きに合わせて翻る。ユアンの目にはその様子が、不謹慎にもひどく優雅に映った。
叫ぶように動く唇。この距離では聞こえるはずもない声。目元にかかる前髪をうるさそうにかき上げる長い指。ユアンはリクヤの一挙一動に釘付けになる。彼の仕事をする姿を、初めてじっくりと見た。ユアンは自分の顔に笑みが浮かんでいるのを感じた。周りからみれば、うっとりとした魅惑的な表情だと言うことまでは、気づいていない。
――ああ、きれいだ。君はいくつになっても、変わらず僕を惹きつけるんだね?
リクヤの姿がその場から見えなくなるまで、ユアンは追い続けた。消えてからも尚、視線をそこから外せなかった。
更に一台、救急車が入る。続いて一般車両が。搬送口に横付けされる車両は急患に限定される。入れ替わり立ち代わり、医師や看護師の動きが慌しかった。
「ガス漏れ事故が起こっているようですよ」
ラジオで聞いた事故の模様を、運転手が伝える。
「大きいのかな?」
「ええ、古いアパートらしいです」
「じゃあ、みんな、今日は忙しくて食べる暇もないだろうね」
ユアンは備え付けの電話を手に取った。ハミルトンに連絡を取り、ケイタリング・サービスをマクレインに向かわせるように指示をする。
「もう少し近づけますか?」
運転手の言葉に、ユアンは首を振った。
「邪魔になるから、このまま空港に行ってくれ。顔も見られたことだし。怒らせて疲れさせるのは可哀想だからね」
「畏まりました」と運転手は返事をすると、車は滑るように動き出した。
冷たい風が入るのも構わず、ユアンは窓を開けて遠ざかるマクレインを見送った。
目にはリクヤの姿が焼きついている。
翻る白衣の、その清廉な白さが、とても鮮やかだった。