小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻

INDEX|8ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 


「どうする?」

とおれ達は、夫妻を別々の部屋に切り離しておいて台所で相談することにした。

佐久間さんが言う。「この家にあと三時間もいたくはないわね」

班長が、「だよなあ。しかし、所轄は引き取ってくれないだろうな」

「なんかないの? カウンセラー呼ぶとかさ。すぐ来てくれるのいないのかしら」

「それもどうかな。『予約して一週間後お越しください』なんて言われるだけじゃねえか?」

「じゃあ二時までここにいるしかないの? ああ……」絶望の呻きを上げた。「て言うか、これって、二時で終わるの?」

「それがわからん。何しろ夫婦のことだからな」

「なんとかしてよ。こんな話にいつまでも付き合っちゃあらんないわよ」

「そう言われてもなあ」

と班長は言った。

テレビを点ければ毎日毎日、何かしら、世を騒がす事件や事故が報道される。しかしそんなの、空に一億の星があればひとつやふたつが超新星爆発を起こして当然なのと同じの稀な現象だ。他の九千九百万の星々だって、観測すればそれなりに興味深い活動をしているはずで、人間はそんなに利口な生き物じゃないからいつもどこかでセコい事件が起きている。

そこらの交番のおまわりさんが犬のように散歩していて見つけるのは大抵ラチもない事件だし、神奈川全域を管轄として不慮の死だけを扱うおれ達殺急木村班も、出張る事件の九割方はバカな市民がバカな死に方するだけのまったくどうしようもない始末だ。『くだらない』とか『こんな話をなんでする』とか言われちゃっても困るんだよね。スーパーノヴァがそんなにあるわけないんだから。

この一件は実にくだらん。だがこれこそリアルな現実なのであり、おれ達下っ端警官を手こずらせる真に厄介な難物なのだった。人間とは結局こういう生き物なのであるからだ。

ああ、廃止論者の作るエセ社会派映画のように、こんな夫婦はまとめて冷凍催眠刑務所の氷漬けにでもしてやりたい。そうした方が世の中からバカが減っていいじゃねえかよ。

結局、班長と佐久間さんは、『報告書を書かなくちゃ』とかなんとか言って出て行ってしまった。おれと零子が残ると告げると、墨須順子が噛みついてきた。

「ちょっと待ってよ。『二時までここにいる』ですってえ」

おれは言った。「何度も申しますように、そうしなければならないもので」

「ふざけないでよ。用がないなら出てってくんない」

「いいんですか。ご主人が、『お前を殺してオレも死ぬ!』なんてことになったとしても。二時まで予知はできないんですよ」

横で純一が、恨みがましい眼つきでもって妻を見る。

順子は言った。「ハン、こいつに本当にあたしを殺す度胸なんてあるもんですか」

すると純一が、「順子! お前な、誰のおかげで食っていると思ってるんだ!」

「よく言うわ。あんたの稼ぎじゃ足りない分を、誰が体で稼いできたと思ってんの」

「お前ってやつは! 風俗とかAVなんかに出るのはやめろと言ってるだろう!」

「カネになるだけいいじゃないの。あんたにそんなことが言えんの。いっつも『十倍にする』とか言って、そのカネ持ってくんじゃないの。いつになったら十倍で返してくれんのよ」

「その話は今しなくていいだろう」

「いーえ、聞かせてほしいわねえ。おまわりさんの見ている前でさ。あたしのお金、あんた、なんに使ってるわけ」

「いや、それは……」

ちょっと警察官として、聞いてみたくなる話がありそうだった。零子が言った。「あの、もし良かったら――」

「聞いてよ、ねえ、この人はねえ!」

「いやいやいや」

なんだなんだ、どんな話が聞けるんだろうと思ったところに、玄関で、ピンポーンとチャイムが鳴る音がした。

「ハイハイハイ、どちら様?」

純一が、椅子にバネでも仕込んであったみたいにピョンと飛び跳ね、玄関の方にスッ飛んでいった。

墨須夫妻が住んでるここは、夫婦住まい用のアパートだ。昨日のパンツの部屋よりだいぶ上等だが、部屋がふたつにキッチンひとつ。後はユニットバスしかない。

戸を開ければおれ達のいる部屋から玄関が見える。おれは純一が出て行くのをただ黙って見送った。

まあ、逃げやしないだろう――て言うか、かえって、逃げてくれた方が大助かりだ。追いかけてって捕まえて、〈逃亡のおそれ有り〉ってことで在宅取り消しの拘置所送りにしてやれる。叩いてホコリが出てくるようならデカさんだって喜ぶだろう。

純一は、ドアに向かってまた言った。「どちら様ですか?」

『あの……』若そうな女の声がした。『イケダです』

おれからは、純一の背中しか見えない。しかし、『背中が男の人生を語る』ってのはやはり本当かもしれない。純一の背中は実に雄弁だった。《ボクには後ろ暗いところがあります》という文字がクッキリ浮かんで読めた。

《よりによってまずいときにまずい女が。これはなんとかしなければ》というデジタルな心の動きが、ギクッとした彼の動きにアナログ信号として変換され、おれの眼により再びデジタル情報へと置き換えられて手に取るように伝わってきた。おれはどうやらいいときにいいところにいたようだ。

純一は言った。「ど、ど、どちらのイケダ様ですか」

『何よ。あたしよ。会社のイケダ。墨須さん、起きてて大丈夫なの? 今日は具合が悪かったんじゃ――』