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コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻

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04


 
旦那様は留置場にただ一晩泊まっただけで、今日の朝にはアッサリ帰宅を許されていた。そうと知らない奥様は夫はテッキリ絞首台に吊るされてるか冷凍マグロにされてるものと思い込み、早速昨日のパンツとは別の男を呼び込んでベッドでよろしくやっていた。
 
今日からなんの気兼ねもなしに自宅で浮気ができるのだ。まさか夫がスキップでランランランと帰ってくるとは思いもよらぬことであった。ただいまハニー、昨日はごめんよ。けれどあれでわかったろう。ボクがどれだけ君のことを愛しているか。もう二度と浮気はしないと誓ってくれるね?
 
「なんでこいつがもう娑婆に出てきちゃうのよ!」
 
と順子は止めに入ったおれ達に言った。
 
「テレビじゃみんな死刑か氷漬けでしょう?」
 
「ええと」と班長。「テレビじゃみんなと言われましても……」
 
「こいつは人殺しなのよ! 人殺しは死刑にしなきゃおかしいじゃないの!」
 
「いやまあどうか冷静に。ここはひとつ、ダンナさんの気持ちもお考えになってですね」
 
「ハア? あんたらが甘いからこういうことになるんでしょうが。警察が人殺しの肩を持ってどうすんのよ。早くこいつを連れてって今度は二度と出さないでちょうだい!」
 
「いえあの、予知によりますと、今日はあなたがご主人を殺すことになってまして」
 
「それが何よ。当たり前でしょ? そうしなきゃまたあたしが殺されることになるに決まってんじゃん」
 
「まあ……そうかもしれませんが……」
 
「二度とあたしを殺そうとすることがないようにあたしの方が殺してやることにしたのよ。それのどこがいけないの!」
 
「人殺しはいけない……」
 
「つったって、どうせ未然に止められるんじゃないの。ホントのホントに死ぬんだったらあたしだって殺らないわよ。だからあんた達だって今ここにいるんでしょ?」
 
「まあ確かに」
 
「だからあたしはまだなんにもしてないのよ。なのにあたしを捕まえるわけ?」
 
「いえ、それはできません」
 
と班長。今回はただ止めに入っただけだ。殺人未遂の現行犯で順子を押さえるようなことはしてない。
 
「だったらいいじゃん。早くこいつを連れてきなさいよ」
 
「それこそできないんですよ。だって今日はご主人の方が被害者なんですから」
 
「なんでそうなるの!」
 
「なんでって、だってそうじゃないですか」
 
「じゃあどうすんの。純一とあたしを残してあんた達は帰るわけ」
 
「それもできないから困ってるんですよねえ」
 
班長は壁の時計に眼をやりながら、
 
「大体二時くらいまで、あなたがたが何もしないよう見張ってなきゃいけないんですが」
 
まだ十一時にもなってない。午後二時まで三時間以上ある。
 
殺人予知者が予知をするのは人が死に至る二時間前だ。今度の場合、純一が順子にメッタ刺し――台所のフライパンで殴られたうえに、包丁類――柳刃包丁、出刃包丁、菜っ切り包丁に万能包丁、洋包丁に和包丁、パン切り包丁、果物ナイフ、セラミックの白いナイフに穴開きなんとかかんとかナイフ、などなど、といったもので刺されてちょうど昼頃に死ぬことが午前十時に予知された。それからおれ達が出動し、なんだかんだとあったけれどもまだ一時間経ってない。
 
さておれ達が出動したため、この辺りの時間の流れは元と変わってしまっている。今ここで人が死んでも能力者は感じ取らない――十一時におれが刺されて死ぬとしても、二時間前の午前九時にさかのぼって能力者がそれを感知してるということにはならない。本来の時間の流れと違うことには予知が働かなくなるのだ。
 
その乱れが治まって、また予知ができるようになるのに二時間――つまりこの場合、本来ならば純一が死ぬはずだった正午を過ぎてようやくまた殺人予知ができるようになるのだが、しかし能力者が知るのは午後二時以降の死についてだ。午後一時に本来死ぬはずなかった人が死ぬとしても、それはやっぱり予知がされない。午後二時までに能力者が何か感じたとしてもそれは本来の時間の中での死であって、未来はもう変わっているのでアテになる情報ではない。
 
――ややこしくて何がなんだかわからないって? それがタイム・パラドックスってもんだ。論理的にそういうルールになるから一応説明したけれど、別にわかんなくてもいい。ここんとこは読み飛ばしておいてくれ。
 
とにかく今日の正午に純一は死ぬはずだった。それを変えたら午後二時まで、妻が夫を殺したり夫が妻を殺したりすることになっても殺人予知はされないのだ。ほっといたら殺し合いをしかねない夫婦は、ほっときたくてもほっとくわけにいかないのだった――なんとこれからあと三時間も。
 
「冗談じゃない!」
 
と純一が言う。おれ達としても今日はこいつを犯罪者扱いもできない――決して完全な無罪放免じゃなく、裁判所に後日呼び出し喰らう身と言えど。これで在宅取り消しというわけにもいかないんじゃ言い分を聞いてやるより他になかった。
 
「昨日はぼくを待ち伏せまでして捕まえたのに、今日はただ止めただけで順子の逮捕はしないなんて、不公平じゃないですか!」
 
「だって奥さん、あんたと違って不法侵入するとかじゃないもの」
 
「だからってノーペナルティはないだろ。絶対ぼくより順子の方がやってることは悪いじゃないか!」
 
「うーん」
 
「大体元はと言えばねえ、こいつの浮気が原因ですよ。順子が浮気なんかしなきゃあこんなことにはならないんだ!」
 
「まあ気持ちはわかりますが」
 
「だったらなんでぼくばっかり脅すんだよ! このままこいつに子供が出来たら一体全体誰の子なんだよ。ぼくの子として育てなけりゃいけないのか!」
 
「離婚すれば?」
 
「ぼくは順子を愛してるんだ!」
 
「うーん」と班長。言葉が見つからないようだった。「えーと」
 
「順子のせいでぼくは人生おしまいだ! ぼくは、ぼくはどうすればいいんだ。なんで女はいつもぼくを裏切るんだよう」
 
このダメ男がだんだんちょっとかわいそうになってきた。
 
「どうする?」
 
とおれ達は、夫妻を別々の部屋に切り離しておいて台所で相談することにした。
 
佐久間さんが言う。「この家にあと三時間もいたくはないわね」
 
班長が、「だよなあ。しかし所轄は引き取ってくれないだろうな」
 
「なんかないの? カウンセラー呼ぶとかさ。すぐ来てくれるのいないのかしら」
 
「それもどうかな。『予約して一週間後お越しください』なんて言われるだけじゃねえか?」
 
「じゃあ二時までここにいるしかないの? ああ……」絶望の呻きを上げた。「て言うか、これって二時で終わるの?」
 
「それがわからん。何しろ夫婦のことだからな」
 
「なんとかしてよ。こんな話にいつまでも付き合っちゃあらんないわよ」
 
「そう言われてもなあ」
 
と班長は言った。