コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻
裁判員や傍聴人が何より聞きたいのはそれなのに、検事は「計画なんだろ」と言い、弁護士は「あなたは錯乱してたのですね」と言う。愛する妻の浮気であなたはおかしくなってしまった。それでたまたまネジ回しと包丁持って出掛けていくと、たまたま格子がネジ止めされてるだけだった。皆さん、これは不法侵入などではありません! 全部タマタマのタマタマなのです!
そんなくだらん裁判ひとつにかかっちまう税金の方が有罪でもあの純一ってやつから取れる罰金よりかさむんだから、ショットガンにはスラッグを込めて撃っちまうのが世のためだったんじゃあねえか。
もう少しで殺れないこともなかったんだからちょっと惜しいことをしたと思う。おれが結婚できないのにあんな野郎に妻がいるのがそもそも間違ってるのであって、ああいうのはタマタマなんか抜いちまうのが世のためというものなんだ。
「けどあの夫婦、どうなるのかしら。夫の狙い通りに妻はこれから言いなりになるのかな」
と佐久間さんが言うと、零子が、
「どうかなあ。それは怪しいんじゃないですか。そりゃ中にはいるでしょうけど。『バカよあなたは、こんなやり方しかできないなんて……でもこれこそ本当の愛だわ!』とか言っちゃう変な女が。まあもともとあんな男と結婚しちゃう女だからそうでないとは……」
そこで班長が、「とりあえずあの間男はムショ行きだろうから、あれとの関係は切れるけどな」
「ええ」
とおれ。あのパンツがひったくりや車上狙いでもやっていたのが昨日の一件で発覚したというのなら、殺人予知とは別の話だ。罪に問うのに裁判員審理なんか必要ない。
デカの調べで余罪が出るたび、再逮捕の再々逮捕のさいさいさいさいさい逮捕だ。「殺人が予知されるなら社会から犯罪は無くなるはずなのにそうでないというのはおかしい。システムに欠陥があるからだ」などと考えちゃう人は、いっぺんその手の小悪党の公判を傍聴してみるといい。浜の真砂が尽きようと世に罪人の種は尽きないとわかる。
「でもやっぱり、普通は離婚するわよねえ。昨日みたいなことをするのは普通の女には逆効果よ。だって、気味悪いじゃん。あんな男と一緒に寝られる?」
佐久間さんが言うと、零子がまた、
「無理無理無理。あたしだったら絶対無理。生理的に気持ち悪くなっちゃったらその男とはもうダメですよ。予知で未然に防がれるのが前提だろうとなんだろうと、人を殺す人間はやっぱりどこかおかしいですもん。刑務所でも囚人は、同じ房の隣の布団でそんなのに寝られるのはヤだって言うそうですもんね。見た目普通でマジメっぽいのが人を殺したりしてるのがいちばん気味が悪いとか」
「一緒には寝らんないわよねえ。でもそれがあの男にわかるかしら」
「ストーカーなんかやるやつじゃねえ。また電話掛けまくったりするんじゃないかな。もう一回修羅場るんじゃないっすか」
「あはははは」
――と女ふたりが笑ったところに、壁のスピーカーがアラームを発した。
続いて声。『通信部より伝達。殺人事件の予見感知。殺人課員は出動態勢を整えよ。ゲンジョウは相模原市――』
「ん?」
とおれ達。相模原は神奈川県の西北部を占める市で、その市街地は厚木のすぐ北にある。昨日の事件があったのもその市内だったが、まさか……。
『阻止対象者及び要救命者の姓名判明。対象は女性、墨須順子。要救命者は男性、墨須純一。妻が夫を口論の末に殺害する模様。衝動殺人と考えられる――』
「おいおい」と班長。
「また?」
と佐久間さん。いま零子と『もう一回修羅場るかも』と言って笑っていたくせに。
「ねえ」と零子が妙な顔で、「今、妻が夫を殺すって言った? 夫が妻を殺すじゃなくて……」
「ん?」とおれ。「さあ、どっちだったかな」
スピーカーがまた言った。『繰り返す。妻が夫を殺す模様――』
おれ達は顔を見合わせる。四人で声を揃えて言った。
「今度は逆?」
作品名:コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻 作家名:島田信之